はじめに
「最尤推定量が漸近正規になるって、どうやって証明するの?」
準1級では、最尤推定量の分散はクラーメル・ラオの下限に近づき、分布は正規分布に近づくと学びました。統計ソフトの標準誤差も、この結果の上に立っています。でも、1級の論述では「その結果を導け」と問われます。
陸上の100m走を思い浮かべてください。人間の走る速さには、越えられない壁があるはずです。一方で、練習を積むほど壁に近づく選手がいます。推定量の世界では、壁を示すのが不等式で、壁に近づく選手が最尤推定量です。
実は、この2つの定理を動かしている道具は多くありません。スコアの平均が0であること、コーシー・シュワルツの不等式、テイラー展開、そして極限定理です。すべて、ここまでの記事に登場した道具です。
そこで登場するのが、今回の主役 クラーメル・ラオの不等式 と 最尤推定量の漸近正規性 です。壁の高さを決める フィッシャー情報量 と、推定量の関数に結果を広げる デルタ法 も扱います。
前回の記事では、AICの導出で漸近的な近似を先取りしました。今回の記事では、その土台にある定理を、答案に書ける形で証明します。
フィッシャー情報量:計算の技を増やす
はじめに、すべての定理の中心にあるフィッシャー情報量について解説します。
1個の観測のスコアを u(x;θ)=∂logf(x;θ)/∂θ とします。尤度の記事で証明したとおり、正則条件のもとで Eθ[u]=0 です。フィッシャー情報量 は、スコアの分散です。
I(θ)=Eθ[u2]=−Eθ[∂θ∂u]
対数尤度の山の尖り具合という意味は、準1級で学びました。独立な n 個の観測では、スコアの和の分散なので、全体の情報量は nI(θ) です。
ここでは、計算の技を増やしましょう。1つずつ見ていきましょう。
1. 2つの式を使い分ける
2階微分の式は、x が消えるときにとても楽です。一方、2階微分が複雑なら、2乗の式のほうが楽なこともあります。
例えば、位置母数 θ のコーシー分布では、z=x−θ として u=2z/(1+z2) です。2乗の式で計算します。
I(θ)=∫−∞∞(1+z2)24z2⋅π(1+z2)1dz=π4∫−∞∞(1+z2)3z2dz=π4⋅8π=21
位置母数の情報量は、θ によりません。分布を平行移動しても、形は変わらないからです。
2. 母数を変換する
同じデータを、別の母数で表すとどうなるでしょうか? θ=θ(η) と書き直すと、合成関数の微分より、η のスコアは uη=uθ⋅dθ/dη です。2乗して期待値をとれば、次の変換公式が得られます。
Iη(η)=Iθ(θ)(dηdθ)2
温度計の目盛りを摂氏から華氏に変えるようなものです。測っている熱は同じでも、目盛りの細かさの分だけ、数字は変わります。
具体的に見てみましょう。ベルヌーイ分布で、対数オッズ η=log{p/(1−p)} を母数にします。dp/dη=p(1−p) なので、Iη=p(1−p)1×{p(1−p)}2=p(1−p) です。p=1/2 で情報量が最大になります。
3. 分散と標準偏差の情報量
2つの技を、X∼N(0,v)(v=σ2)で使ってみましょう。v の情報量を2階微分の式で求めてから、変換公式で σ の情報量に直します。
【計算の手順】
- logf=−21log(2πv)−x2/(2v) より、u=−2v1+2v2x2 である
- ∂u/∂v=2v21−v3x2 で、E[X2]=v より、I(v)=−2v21+v21=2v21 である
- v=σ2 より dv/dσ=2σ である。よって I(σ)=2σ41×4σ2=σ22 である
答えは I(v)=1/(2σ4)、I(σ)=2/σ2 です。
以上が、フィッシャー情報量についての解説です。
クラーメル・ラオの不等式:証明する
次に、不偏推定量の分散の壁を証明します。
【クラーメル・ラオの不等式】
正則条件のもとで、T を g(θ) の不偏推定量とする。分散が有限なら、次が成り立つ。
Vθ[T]≥nI(θ)g′(θ)2
g(θ)=θ なら、下限は 1/{nI(θ)} です。証明の鍵は、T とスコアの共分散です。
【証明】
- U(θ) を標本全体のスコアとする。Eθ[T]=∫T(x)f(x;θ)dx=g(θ) を θ で微分し、微分と積分を交換する
- ∂f/∂θ=Uf なので、Eθ[TU]=g′(θ) である
- Eθ[U]=0 なので、Covθ(T,U)=Eθ[TU]=g′(θ) である
- コーシー・シュワルツの不等式より、Covθ(T,U)2≤Vθ[T]Vθ[U] である
- Vθ[U]=nI(θ) を代入して割れば、不等式を得る
たった5行です。一言で言うと、「母数が動いたときに T が反応するには、スコアと相関しなければいけない。その相関の強さには限界がある」ということです。
では、等号はいつ成り立つのでしょうか? コーシー・シュワルツの等号条件から、T−g(θ) と U が比例するときです。
U(θ)=a(θ){T−g(θ)}
これを θ で積分すると、logf=A(θ)T(x)+B(θ)+C(x) という形になります。つまり、下限に届く推定量をもつのは、指数型分布族の形の分布に限られます。
ここで、前提が崩れる例を2つ見ましょう。
【不等式の前提が崩れる例】
- 偏りがある場合: E[T]=θ+b(θ) なら、下限は {1+b′(θ)}2/{nI(θ)} に変わる。例えば N(θ,1) の T=Xˉ/2 は、b′=−1/2 で、分散 1/(4n) は 1/n を下回る
- 台が動く場合: U(0,θ) で形式的に E[u2]=1/θ2 とすると、下限は θ2/n になる。ところが、nn+1X(n) の分散は θ2/{n(n+2)} で、これを下回る
2つ目は、手順1の微分と積分の交換ができないからです。陸上の壁は、ルールが同じ選手にしか当てはまらないのです。
例題:下限に届くことを示す
X1,…,Xn は独立に N(0,v) に従う。T=n1∑iXi2 が v の有効推定量であることを、2通りの方法で示せ。
【答案】
- E[Xi2]=v より T は不偏である
- (分散の比較)∑iXi2/v∼χ2(n) より、V[T]=v2×2n/n2=2v2/n である。一方、I(v)=1/(2v2) より下限は 2v2/n で、一致する
- (等号条件)U(v)=−2vn+2v2∑iXi2=2v2n(T−v) である。スコアが T−v に比例するので、等号が成り立つ
どちらも答案として十分です。等号条件の方法は、分散の計算が要らないぶん速く書けます。
試験のポイント:下限の分子の g′(θ)2 を忘れないこと。θ そのものではなく θ の関数を推定するときに、よく問われます。
以上が、クラーメル・ラオの不等式についての解説です。
最尤推定量の漸近正規性:証明する
続いて、最尤推定量の漸近正規性 を証明します。
【定理】
正則条件に加えて、θ の近くで ∣∂3logf(x;θ)/∂θ3∣≤M(x)(E[M(X)]<∞)で、0<I(θ0)<∞ とする。尤度方程式の一致解 θ^n について、真の値を θ0 とすると次が成り立つ。
n(θ^n−θ0) d N(0, I(θ0)1)
証明は2段階です。まず、山頂が真の値に近づくこと(一致性)、次に、その近づき方が正規分布になることです。
1. 一致性の考え方
大数の法則より、次の式が成り立ちます。
n1{ℓ(θ)−ℓ(θ0)} → Eθ0[logf(X;θ0)f(X;θ)]=−D(fθ0∥fθ)
右辺は、前回証明したKL情報量の非負性から、θ=θ0 で負です(母数が違えば分布が違うと仮定します)。つまり n が大きいと、θ0 の尤度が、離れた θ の尤度を上回ります。したがって、尤度の山頂は θ0 の近くに来ます。
2. 漸近正規性の証明
ここからは答案の形で書きましょう。
【証明】
- U(θ^n)=0 を θ0 のまわりでテイラー展開する。θ~n は θ0 と θ^n の間の点である
0=U(θ0)+(θ^n−θ0)U′(θ0)+21(θ^n−θ0)2U′′(θ~n)
- 整理すると、次の形になる
n(θ^n−θ0)=−U′(θ0)/n−21(θ^n−θ0)U′′(θ~n)/nU(θ0)/n
- 分子: U(θ0) は平均0、分散 I(θ0) の独立な変数の和なので、中心極限定理より N(0,I(θ0)) に分布収束する
- 分母の第1項: 大数の法則より、I(θ0) に確率収束する
- 分母の第2項: ∣U′′(θ~n)/n∣≤n1∑iM(Xi) は有界にとどまり、θ^n−θ0→0 なので、0に確率収束する
- スルツキーの補題より、全体は N(0,I(θ0))/I(θ0)=N(0,1/I(θ0)) に分布収束する
準1級では手順5を省略しました。答案では、3階微分の評価があるからこそ、2次の項を無視できると書きます。
式の形にも意味があります。θ^n−θ0≈U(θ0)/{nI(θ0)} で、誤差は「坂の傾き ÷ 谷の急さ」です。ボールを坂に置いたとき、傾きが大きいほど遠くまで転がり、谷が急なほど早く止まるようなものです。
漸近分散 1/{nI(θ0)} は、クラーメル・ラオの下限そのものです。このように、下限に漸近的に届く性質を 漸近有効 と呼びます。実際に使うときは、未知の I(θ0) を I(θ^n) か、観測情報量 −U′(θ^n)/n で置き換えます。
具体的に見てみましょう。位置母数のコーシー分布では、I=1/2 でした。最尤推定量は陽に書けませんが、漸近分散は 2/n です。一方、標本中央値の漸近分散は、f(θ)=1/π より π2/(4n)≈2.47/n です。中央値に対する最尤推定量の分散の比は 8/π2≈0.81 で、標本平均が使えない分布でも、最尤法はしっかり最良です。
例題:漸近分布を2通りで確かめる
密度 f(x;θ)=θxθ−1(0<x<1)の最尤推定量 θ^=−n/∑ilogXi について、n(θ^−θ) の極限分布を、(1) フィッシャー情報量から、(2) 中心極限定理とデルタ法から求めよ。
【答案】
- logf=logθ+(θ−1)logx より、∂2logf/∂θ2=−1/θ2 である。よって I(θ)=1/θ2 で、極限分布は N(0,θ2) である
- Yi=−logXi は、平均 1/θ、分散 1/θ2 の指数分布に従う。中心極限定理より、n(Yˉ−1/θ)→N(0,1/θ2) である
- θ^=h(Yˉ)、h(m)=1/m で、h′(1/θ)=−θ2 である。デルタ法より、極限の分散は θ4×1/θ2=θ2 である
答えはともに N(0,θ2) です。2つの計算が一致すれば、答案の検算にもなります。
以上が、最尤推定量の漸近正規性についての解説です。
デルタ法:証明と応用
最後に、ここまで何度も使ってきた デルタ法 を証明しましょう。
推定量そのものではなく、その関数の分布を知りたい場面はよくあります。オッズ、対数、生存確率などです。曲がった道でも、拡大すればほぼ直線に見えますよね。デルタ法は、関数を接線で近似する方法です。
【デルタ法】
n(Tn−θ)dN(0,σ2) で、g は θ の近くで連続微分可能、g′(θ)=0 とする。このとき、次が成り立つ。
n(g(Tn)−g(θ)) d N(0, g′(θ)2σ2)
【証明】
- 平均値の定理より、g(Tn)−g(θ)=g′(θ~n)(Tn−θ) である。θ~n は Tn と θ の間の点である
- Tn−θ={n(Tn−θ)}/n→0 と確率収束するので、θ~n→θ である
- g′ は連続なので、g′(θ~n)→g′(θ) と確率収束する
- スルツキーの補題より、n(g(Tn)−g(θ))=g′(θ~n)⋅n(Tn−θ)→g′(θ)⋅N(0,σ2) である
例題:生存確率の標準誤差
部品の寿命が率 λ の指数分布に従う。n=50、xˉ=2 のとき、P(X>3) の最尤推定値とその標準誤差を求めよ。
【答案】
- λ^=1/xˉ=0.5 で、I(λ)=1/λ2 より n(λ^−λ)→N(0,λ2) である
- g(λ)=e−3λ とおくと、不変性より最尤推定値は g(0.5)=e−1.5≈0.223 である
- g′(λ)=−3e−3λ より、漸近分散は 9e−6λλ2/n である
- 標準誤差は 3e−3λ^λ^/n=3×0.223×0.5/50≈0.047 である
答えは推定値約0.223、標準誤差約0.047です。
デルタ法の応用をもう1つ見ましょう。漸近分散が θ に依存すると、区間推定で不便です。そこで、g′(θ)=1/σ(θ) を満たす g を選ぶと、漸近分散は定数になります。これを 分散安定化変換 と呼びます。
例えば、二項比率では σ2(p)=p(1−p) です。g(p)=arcsinp なら、g′(p)=1/{2p(1−p)} なので、n(g(p^)−g(p))→N(0,1/4) です。n=100、p^=0.36 なら、g(p^)=arcsin0.6≈0.644 で、標準誤差は 0.05 です。0.644±0.098 を元に戻すと、p の95%信頼区間は約 [0.269, 0.456] となります。
ただし、g′(θ)=0 だと、極限は0に潰れてしまいます。接線が水平なので、1次の近似では何も見えないのです。そのときは、テイラー展開を2次まで進めます。
n(g(Tn)−g(θ)) d 2σ2g′′(θ)χ2(1)
例えば、g(p)=p(1−p) の p=1/2 では、g′(1/2)=0 です。σ2=1/4、g′′=−2 なので、n{p^(1−p^)−1/4} は −41χ2(1) に分布収束します。収束の速さも 1/n から 1/n に変わりました。
補足(ここは読み飛ばしてOK):
多変量のときは n(g(Tn)−g(θ))→N(0,∇g⊤Σ∇g) です。例えば、正規標本の変動係数 S/Xˉ の漸近分散は、c=σ/μ として (c4+c2/2)/n です。
試験のポイント:デルタ法の答案では、g′(θ)=0 の確認と、未知の母数に推定値を代入する手順を明記します。
以上が、デルタ法についての解説です。
細かい条件を忘れてしまっても問題ありません。ここでは、「下限はスコアとの相関の限界から出て、最尤推定量はスコアを情報量で割った形でその下限に届く」という点だけ押さえておきましょう。
今回のまとめ
それでは、今回の内容を振り返ります。
今回は、フィッシャー情報量の計算、クラーメル・ラオの不等式の証明、最尤推定量の漸近正規性の証明、デルタ法の証明を紹介しました。壁の高さを情報量が決め、標本が大きくなると最尤推定量がその壁に届きます。推定の理論は、ここで1つにつながりました。
今回のポイントを振り返りましょう。
振り返り
- フィッシャー情報量はスコアの分散で、n 個なら n 倍。母数を変換すると (dθ/dη)2 が掛かる。
- クラーメル・ラオの不等式は、T とスコアの共分散にコーシー・シュワルツの不等式を使って示す。
- 等号はスコアが T−g(θ) に比例するときで、指数型分布族の形の分布に限られる。
- 最尤推定量の漸近正規性は、テイラー展開、中心極限定理、大数の法則、スルツキーの補題で示す。
- デルタ法は関数を接線で近似する方法で、g′(θ)=0 のときは2次まで進める。
キーワードのおさらい
- フィッシャー情報量: スコアの分散。データが母数についてもつ情報の量
- クラーメル・ラオの不等式: 不偏推定量の分散の下限 g′(θ)2/{nI(θ)} を与える不等式
- 最尤推定量の漸近正規性: n(θ^−θ) が N(0,1/I(θ)) に分布収束する性質
- 漸近有効: 漸近分散がクラーメル・ラオの下限に一致する性質
- デルタ法: 推定量の関数の漸近分布を、接線の傾きで求める方法
- 分散安定化変換: 漸近分散が母数によらなくなる変換
さて、これで推定量の分布を導く道具がそろいました。この分布を使えば、「母数はこの範囲にある」と言うことができます。ところで、その範囲に真の値が入る確率は、本当に95%なのでしょうか?
次回は、信頼区間の構成と性質について紹介します。
それでは、次の記事へ進んでいきましょう。