はじめに
「公式は使えるのに、『証明せよ』と言われると手が止まる……」
準1級の問題を解けるようになった人が、1級の問題を開いて最初に感じるのは、たぶんこの戸惑いです。包除原理の公式は知っています。ベイズの定理も計算できます。でも、なぜその式が成り立つのかを答案に書こうとすると、何から書けばよいのか分かりません。
例えば、料理に例えてみましょう。レシピを見て作れる人と、レシピを自分で書ける人は違います。レシピを書ける人は、なぜその順番で塩を入れるのかを説明できるので、材料が変わっても対応できます。
実は、確率の公式はどれも、3つの公理から数行で導けます。そして、導き方を身につけると、公式集に載っていない問題にも、同じ手順で式を立てられるようになります。
そこで登場するのが、今回の主役 指示関数 と 条件付けによる場合分け です。指示関数は包除原理を一気に証明する道具で、条件付けは複雑な確率を漸化式に変える道具です。
前回の記事で、準1級の範囲はひと通り終わりました。ここからは1級の統計数理です。今回の記事では、公理からの導出、包除原理の証明、条件付き確率と統計的独立の性質、そしてベイズの定理を使った確率の計算について解説します。
公理から公式を導く
はじめに、確率の計算の出発点である公理からの導出について解説します。
準1級で見た3つの約束を思い出しましょう。P(A)≥0、P(Ω)=1、そして互いに排反な事象の列について P(⋃iAi)=∑iP(Ai) です。最後の性質を 可算加法性 と呼びます。1級の答案では、最初に使ってよいのはこの3つだけ、という気持ちで書きます。
ここから、次の性質が順に出てきます。
【公理から出る基本の性質】
- P(∅)=0: Ω=Ω∪∅∪∅∪⋯ に可算加法性を使うと、P(∅) を無限に足しても有限なので0
- 余事象: A と Ac は排反で、合わせると Ω なので P(Ac)=1−P(A)
- 単調性: A⊂B なら B=A∪(B∖A) は排反な分解なので P(A)≤P(B)
3つとも、やっていることは同じです。重なりのない部品に切り分けてから、足しています。ジグソーパズルのピースのように、重ならないものだけが足せるのです。
具体的に見てみましょう。2級で学んだ加法定理を証明します。A∪B=A∪(B∖A) と B=(A∩B)∪(B∖A) は、どちらも排反な分解です。
P(A∪B)=P(A)+P(B∖A),P(B)=P(A∩B)+P(B∖A)
2つの式から P(B∖A) を消すと、P(A∪B)=P(A)+P(B)−P(A∩B) が得られます。
せっかくなので、無限が関わる例も見てみましょう。事象が増えていく列 A1⊂A2⊂⋯ について、次の 確率の連続性 が成り立ちます。
P(n=1⋃∞An)=n→∞limP(An)
証明も同じ発想です。B1=A1、Bn=An∖An−1 と切り分けると、Bn は互いに排反で、∑k=1nP(Bk)=P(An) です。可算加法性から、左辺はこの和の n→∞ の極限に等しくなります。
例えば、コインを投げ続けて「いつか表が出る」確率を考えます。An を「n 回以内に表が出る」とすると P(An)=1−(1/2)n なので、極限をとって確率は1です。
以上が、公理からの導出についての解説です。
包除原理を指示関数で証明する
次に、包除原理の証明について説明します。
k 個の事象の重なりの確率を、すべての組について足した値を Sk と書きます。
Sk=i1<⋯<ik∑P(Ai1∩⋯∩Aik)
すると準1級で見た 包除原理 は、P(⋃iAi)=S1−S2+⋯+(−1)n−1Sn と書けます。
数学的帰納法でも証明できますが、添え字が増えて答案が長くなります。そこで 指示関数 の出番です。1A は、A が起これば1、起こらなければ0をとる確率変数です。事象ごとに丸かバツを付ける、出席簿のようなものです。
【指示関数の3つの性質】
- 期待値が確率になる: E[1A]=P(A)
- 積が共通部分になる: 1A∩B=1A1B
- 余事象は1から引く: 1Ac=1−1A
「どの Ai も起こらない」の指示関数は、性質2と3から ∏i(1−1Ai) です。これを展開します。
i=1∏n(1−1Ai)=1−i∑1Ai+i<j∑1Ai1Aj−⋯+(−1)n1A1⋯1An
両辺の期待値をとると、左辺は 1−P(⋃iAi)、右辺は 1−S1+S2−⋯+(−1)nSn です。これで証明は終わりです。集合の図を描かなくても、多項式の展開だけで済みました。
同じ道具で、もっと強い公式も出ます。起こった事象の個数を R=∑i1Ai とします。k 個の積の和は、起こった R 個から k 個を選ぶ組の数に等しいので、Sk=E[RCk] です。このことから、ちょうど m 個の事象が起こる確率が求まります。
P(R=m)=k=m∑n(−1)k−mkCmSk
なぜでしょうか? R=r のとき、右辺の期待値の中身は ∑k(−1)k−mkCmrCk です。kCmrCk=rCmr−mCk−m と組み替えると、これは rCm(1−1)r−m になります。つまり、r=m で1、それ以外で0です。要するに、右辺は R=m の指示関数の期待値なのです。
具体的に見てみましょう。4種類が等確率で出るガチャを8回引いて、全種類がそろう確率を求めます。Ai を「種類 i が出ない」とします。特定の k 種類が出ない確率は (1−k/4)8 なので、Sk=4Ck(1−k/4)8 です。全種類がそろうのは R=0 のときで、次のようになります。
1−4(43)8+6(21)8−4(41)8≈0.623
補足(ここは読み飛ばしてOK):
包除原理の和を途中で打ち切ると、奇数項までなら上からの評価、偶数項までなら下からの評価になります。これがボンフェローニの不等式で、∑k=0s(−1)krCk=(−1)sr−1Cs から導けます。
例題:ちょうど m 人が自分の品を受け取る確率
n 人が持ち寄ったプレゼントを、無作為に1つずつ受け取る。〔1〕Ai を「i さんが自分の品を受け取る」としたとき、Sk=1/k! を示せ。〔2〕ちょうど m 人が自分の品を受け取る確率 pn(m) を求めよ。〔3〕p5(2) と、n→∞ のときの pn(m) の極限を求めよ。
【解答】
〔1〕特定の k 人が自分の品を受け取る配り方は、残り n−k 人の並べ方の (n−k)! 通りである。したがって各項は (n−k)!/n! で、組は nCk 個あるから、Sk=k!(n−k)!n!⋅n!(n−k)!=k!1 である。
〔2〕公式に代入し、kCm/k!=1/(m!(k−m)!) を使って j=k−m とおくと、次を得る。
pn(m)=m!1j=0∑n−mj!(−1)j
〔3〕p5(2)=21(1−1+21−61)=61 である。n→∞ では和が e−1 に収束するので、pn(m)→e−1/m! である。
極限は、平均1のポアソン分布の確率関数です。この結果は、後の記事の少数法則につながります。
試験のポイント:答案は「事象 Ai を定義する → Sk を求める → 公式に入れる」の順に書きます。最初に事象を言葉で定義するだけで、見通しが大きく変わります。
以上が、包除原理の証明についての説明です。
条件付き確率と統計的独立の性質
続いて、条件付き確率と統計的独立の性質について解説します。
P(B)>0 のとき、条件付き確率は P(A∣B)=P(A∩B)/P(B) でした。ここで大切なのは、B を固定すると Q(A)=P(A∣B) がまた3つの公理を満たすことです。
証明は短いです。Q(A)≥0 は明らかで、Q(Ω)=P(B)/P(B)=1 です。Ai が排反なら Ai∩B も排反なので、可算加法性も引き継がれます。
つまり、条件付き確率は特別なものではなく、新しい確率そのものです。舞台を B に替えて、同じ劇を上演するイメージです。だから、余事象の公式も包除原理も、すべての確率に ∣B を付けたままで使えます。
次に、統計的独立 です。A と B が独立なら、A と Bc も独立です。
P(A∩Bc)=P(A)−P(A∩B)=P(A)−P(A)P(B)=P(A)P(Bc)
事象 A1,…,An が互いに独立であるとは、どの部分集合についても積の式が成り立つことです。式の本数は 2n−n−1 本あります。上の計算をくり返すと、一部を余事象に置き換えても互いに独立なままだと分かります。
例えば、故障確率0.1の機械を3台並列につなぎ、1台でも動けば動くとします。3台が互いに独立なら、すべて故障する確率は 0.13 なので、動く確率は0.999です。
ここで、1級で差がつく概念があります。条件付き独立 です。P(A∩B∣C)=P(A∣C)P(B∣C) が成り立つことで、これは独立とは別物です。
具体的に見てみましょう。袋に、表の出る確率が0.9の硬貨と0.1の硬貨が1枚ずつ入っています。無作為に1枚選んで2回投げます。硬貨を決めれば、2回の結果は独立です。しかし、硬貨を決めずに計算すると、1回目の表 H1、2回目の表 H2 について次のようになります。
P(H1)=P(H2)=0.5,P(H1∩H2)=20.81+0.01=0.41=0.25
P(H2∣H1)=0.82 と、1回目の表で確率が上がりました。1回目の表が「表の出やすい硬貨を選んだらしい」という情報を運ぶからです。同じ先生が採点した2枚の答案の点数が、先生の甘さを通じて似てくるのと同じです。
試験のポイント:「硬貨を固定すれば独立」のような条件付き独立を、独立と取り違えないようにします。答案では、どの条件のもとで独立なのかを明記します。
以上が、条件付き確率と統計的独立の性質についての解説です。
ベイズの定理と条件付けによる確率の計算
最後に、ベイズの定理と、条件付けで確率を計算する手順を見ていきましょう。
ベイズの定理 の証明は、乗法定理を2通りに書くだけです。P(A)P(Bj∣A)=P(Bj)P(A∣Bj) の両辺を P(A) で割り、分母に全確率の公式を入れます。
1級で便利なのは、2つの原因を比べる形です。分母の P(A) が約分で消えます。
P(B2∣A)P(B1∣A)=P(B2)P(B1)×P(A∣B2)P(A∣B1)
言葉で言うと、「事後オッズ = 事前オッズ × 尤度比」です。裁判で、証拠が出るたびに天秤の片側へ重りを足していくイメージです。
例えば、有病率0.5%の病気を、感度98%、特異度96%の検査で調べます。事前オッズは 1:199 で、尤度比は 0.98÷0.04=24.5 です。事後オッズは 24.5:199 なので、陽性の人が病気である確率は 24.5÷223.5≈0.110 です。
例題:硬貨の種類を推測する
袋に、表の確率が 1/2 の硬貨 A と 3/4 の硬貨 B が1枚ずつある。無作為に1枚選んで3回投げると、すべて表だった。硬貨を固定すると各回の結果は独立とする。〔1〕選んだ硬貨が B である確率を求めよ。〔2〕4回目も表である確率を求めよ。
【解答】
〔1〕3回とも表の事象を E とする。P(E∣A)=1/8、P(E∣B)=27/64 で、事前オッズは 1:1 だから、事後オッズは B:A=27:8 である。よって P(B∣E)=27/35 である。
〔2〕P(⋅∣E) も確率なので、全確率の公式が使える。硬貨を固定すると各回は独立だから、次を得る。
P(H4∣E)=21⋅358+43⋅3527=14097≈0.693
何も見ていないときの P(H4)=5/8 より上がっています。データから学んだ分だけ、次の予測が変わるのです。
全確率の公式には、もう1つ強力な使い方があります。「最初の1歩で場合分けする」と、確率の漸化式が立つのです。
例題:ギャンブラーの破産
1回の勝負で確率 p で1点増え、確率 q=1−p で1点減る(p=1/2)。持ち点が0になるか N になると終了する。持ち点 i から始めて N に到達する確率 Pi を求めよ。
【解答】
1回目の勝敗で場合分けすると、Pi=pPi+1+qPi−1 である。境界は P0=0、PN=1 である。
p+q=1 を使うと p(Pi+1−Pi)=q(Pi−Pi−1) となる。r=q/p とおくと、差 Pi+1−Pi は公比 r の等比数列で、初項は P1 である。差を足し合わせて次を得る。
Pi=P1(1+r+⋯+ri−1)=P11−r1−ri
PN=1 から P1 を定めると、答えは Pi=1−rN1−ri である。
p=0.4、i=3、N=6 なら、r=1.5 で P3≈0.229 です。五分五分の勝負なら i/N=0.5 なので、1回あたりのわずかな不利が、大きな差に育ちます。
以上が、ベイズの定理と条件付けによる確率の計算についての解説です。
細かい式変形を忘れてしまっても問題ありません。ここでは、「排反に切り分ける」「指示関数に直す」「最初の1歩で場合分けする」という3つの手順だけ押さえておきましょう。
今回のまとめ
それでは、今回の内容を振り返ります。
今回は確率の公式を公理から導き、包除原理、独立、ベイズの定理の証明と、確率の計算の手順を紹介しました。公式を覚える段階から、公式を作れる段階へ進むことが、1級の第一歩です。
今回のポイントを振り返りましょう。
振り返り
- 確率の公式は、3つの公理と「排反な部品に切り分ける」操作から導ける。
- 包除原理は、指示関数の積を展開して期待値をとるだけで証明できる。ちょうど m 個の確率も同じ道具で出る。
- 条件付き確率は新しい確率そのもの。条件付き独立は、独立とは別の概念である。
- 全確率の公式で最初の1歩を場合分けすると、確率の漸化式が立つ。
キーワードのおさらい
- 確率の計算: 公理から導いた性質と場合分けで確率を求めること
- 統計的独立: P(A∩B)=P(A)P(B) が成り立つこと。3つ以上ではすべての部分集合で成り立つことを要求する
- 条件付き確率: B を全体と見直した確率。公理を満たす新しい確率である
- ベイズの定理: 事前確率と尤度から事後確率を求める公式。事後オッズ = 事前オッズ × 尤度比
- 包除原理: 和事象の確率を S1−S2+S3−⋯ で求める公式
- 指示関数: 事象が起これば1、起こらなければ0をとる確率変数
さて、ここまでは事象の確率を扱いました。しかし統計学の主役は、数値をとる確率変数です。分布を表す関数はたくさんありますが、それらはどうつながっているのでしょうか?
次回は、危険率から母関数までを扱う「確率分布と母関数」について紹介します。
それでは、次の記事へ進んでいきましょう。