はじめに
「母関数って、平均を出すだけなら定義から計算すればよくない?」
準1級では、母関数を微分して平均と分散を求めました。でも、定義どおりに和や積分を計算しても、同じ答えが出ますよね。わざわざ遠回りする理由が、いまひとつ見えません。
例えば、本人確認を考えてみましょう。身長と体重が同じでも、本人とは言い切れません。しかし指紋が一致すれば、本人だと分かります。平均と分散は身長と体重のようなもので、分布の一部しか語りません。
実は、母関数の本当の力は、平均を出すことではありません。母関数は分布の指紋です。一致すれば分布が同じだと言えて、独立な和は指紋の掛け算になります。この性質のおかげで、和の分布を積分なしで導けるのです。
そこで登場するのが、今回の主役 確率母関数 と モーメント母関数 です。もう1人、寿命の分析で活躍する 危険率 も加わります。
前回の記事では、事象の確率を公理から導きました。今回の記事では、危険率と生存関数の関係、同時分布から条件付き分布を組み立てる手順、そして2つの母関数の定理とその証明について解説します。
生存関数と危険率:今この瞬間の危なさ
はじめに、分布を表す関数と、新しく加わる危険率について解説します。
準1級の復習です。離散型は確率関数 p(x)、連続型は確率密度関数 f(x) で表します。どちらにも累積分布関数 F(x)=P(X≤x) と生存関数 S(x)=1−F(x) があり、連続型では f(x)=F′(x)=−S′(x) です。
ここに加わるのが 危険率(hazard rate)です。ハザード関数とも呼びます。X を機械の寿命とすると、時刻 x まで動いた機械が、その直後に壊れる勢いを表します。
h(x)=Δ→+0limΔP(x<X≤x+Δ∣X>x)=S(x)f(x)
右の等号は、定義から出ます。条件付き確率の分子は F(x+Δ)−F(x)、分母は S(x) なので、Δ で割って極限をとると f(x)/S(x) です。
f(x) と h(x) の違いは、分母にあります。f(x) は「生まれた全員」を基準にした濃さで、h(x) は「今も生きている人」を基準にした濃さです。「80歳で亡くなる人の割合」と「80歳まで生きた人が1年以内に亡くなる割合」は、まったく別の数字ですよね。前者が f で、後者が h にあたります。
補足(ここは読み飛ばしてOK):
検定の有意水準を「危険率」と呼ぶ本もありますが、それとは別の用語です。ここでの危険率は、生存時間の分析で使う量です。
f=−S′ なので、h(x)=−dxdlogS(x) と書けます。X>0 なら S(0)=1 なので、積分すると次の公式が得られます。
S(x)=exp(−∫0xh(u)du)
つまり、危険率が分かれば、生存関数も確率密度関数も決まります。危険率もまた、同じ分布の別の見せ方なのです。
例えば、h(x)=λ(定数)なら S(x)=e−λx で、指数分布です。どれだけ使っても壊れやすさが変わらない、年をとらない部品のモデルです。
もう1つ、X≥0 のとき E[X]=∫0∞S(x)dx が成り立ちます。証明は、X=∫0∞1{x<X}dx の両辺の期待値をとり、期待値と積分の順序を入れかえるだけです。前回の指示関数が、ここでも働きます。
例題:危険率から分布を求める
機械の寿命 X(年)の危険率が h(x)=x(x>0)である。〔1〕S(x) と f(x) を求めよ。〔2〕P(X>2∣X>1) を求めよ。〔3〕E[X] を求めよ。
【解答】
〔1〕∫0xudu=x2/2 より S(x)=e−x2/2 である。f=hS より f(x)=xe−x2/2 である。
〔2〕P(X>2∣X>1)=S(2)/S(1)=e−2+1/2=e−3/2≈0.223 である。
〔3〕正規分布の確率密度関数の積分が1であることから、E[X]=∫0∞e−x2/2dx=π/2≈1.253 である。
新品が1年もつ確率は S(1)≈0.607 なので、1年使った機械のほうが、次の1年はずっと危ないと分かります。
以上が、生存関数と危険率についての解説です。
同時分布から条件付き分布を組み立てる
次に、2つの確率変数の扱い方について説明します。
同時分布 から片方を足し切ると 周辺分布 になり、同時を周辺で割ると 条件付き分布 になる、というのが準1級の内容でした。1級ではこれを逆向きにも使います。条件付き確率の定義の分母を払った、次の式です。
p(x,y)=pX(x)p(y∣x)
現実のモデルは、たいていこの形で作られます。まず X の値が決まり、それに応じて Y の値が決まるのです。二段階のくじのように、1段目の結果で2段目のくじ箱が変わるイメージです。
例えば、連続型で 0<y<x の範囲に f(x,y)=e−x があるとします。積分の範囲に注意して足し切ると、fX(x)=∫0xe−xdy=xe−x、fY(y)=∫y∞e−xdx=e−y です。割り算すると f(y∣x)=1/x、f(x∣y)=e−(x−y) です。
読み方はこうです。X=x のもとで、Y は (0,x) の一様分布に従います。Y=y のもとでは、X−y が指数分布に従います。同じ同時分布を、2通りの段階に分解できるのです。
例題:買った人の数の分布
1時間の来店者数 X はポアソン分布 Po(λ) に従い、各来店者は互いに独立に確率 p で商品を買う。買った人数を Y、q=1−p とする。〔1〕同時確率関数 p(x,y) を求めよ。〔2〕Y の周辺分布を求めよ。〔3〕Y=y のもとでの X の条件付き分布を求めよ。
【解答】
〔1〕X=x のもとで Y∼B(x,p) だから、0≤y≤x で次のようになる。
p(x,y)=x!e−λλx⋅y!(x−y)!x!pyqx−y=e−λy!(λp)y⋅(x−y)!(λq)x−y
〔2〕x を y 以上で足す。z=x−y とおくと ∑z=0∞(λq)z/z!=eλq だから、次を得る。
pY(y)=e−λ+λqy!(λp)y=e−λpy!(λp)y
すなわち Y∼Po(λp) である。
〔3〕〔1〕を〔2〕で割ると、p(x∣y)=e−λq(λq)x−y/(x−y)! である。すなわち、Y=y のもとで X−y∼Po(λq) である。
〔3〕の分布は y によりません。買わなかった人数は、買った人数を聞いても変わらないのです。例えば λ=6、p=1/3 なら Y∼Po(2) で、誰も買わない確率は e−2≈0.135 です。
試験のポイント:周辺化の和や積分は、f(x,y) が正になる範囲で行います。答案では、はじめに範囲を明記します。
以上が、同時分布から条件付き分布を組み立てる手順についての説明です。
確率母関数:ランダムな個数の和まで扱う
続いて、確率母関数について解説します。
確率母関数 は、0以上の整数をとる X について G(s)=E[sX]=∑kpksk と定めます。sk の位置に確率 pk を1つずつ吊るした、物干し竿のような関数です。
【確率母関数の3つの性質】
- 確率が取り出せる: pk=G(k)(0)/k!
- 階乗モーメントが出る: G(r)(1)=E[X(X−1)⋯(X−r+1)]
- 独立な和は積になる: GX+Y(s)=GX(s)GY(s)
性質1はべき級数の係数の取り出しで、G と分布が1対1であることも示しています。性質2は項別に r 回微分して s=1 とおくと出ます。性質3は、独立なら E[sXsY]=E[sX]E[sY] となることから出ます。
性質2から、分散は V[X]=G′′(1)+G′(1)−G′(1)2 です。
1級で特に強力なのは、足す個数まで確率変数である場合です。X1,X2,… が同じ分布に独立に従い、N がそれらと独立なとき、S=X1+⋯+XN の確率母関数は次のようになります。
GS(s)=GN(GX(s))
証明の筋道はこうです。N=n のもとでは性質3から E[sS∣N=n]=GX(s)n です。これを N について平均すると、E[GX(s)N]=GN(GX(s)) が得られます。
合成関数の微分をして s=1 とおくと、次の公式が出ます。
E[S]=E[N]E[X],V[S]=E[N]V[X]+V[N]E[X]2
分散の第1項は「1件ごとのばらつき」、第2項は「件数のばらつき」です。
先ほどの例題を、この道具で解き直してみましょう。N∼Po(λ) で GN(s)=eλ(s−1)、1人の購入の有無は GX(s)=q+ps です。代入すると GS(s)=eλ(q+ps−1)=eλp(s−1) で、これは Po(λp) の確率母関数です。さっきの和の計算が、1行で済みました。
例題:注文の総個数
1日の注文件数 N が Po(4) に従い、1件の注文の個数は確率 1/2 ずつで1個か2個である。件数と各注文の個数はすべて独立とする。総個数を S とする。〔1〕GS(s) を求めよ。〔2〕E[S] と V[S] を GS の微分から求めよ。〔3〕P(S=1) を求めよ。
【解答】
〔1〕GX(s)=(s+s2)/2 だから、GS(s)=exp(4(GX(s)−1))=exp(2s+2s2−4) である。
〔2〕GS′(s)=(2+4s)GS(s)、GS′′(s)={(2+4s)2+4}GS(s) で、GS(1)=1 より GS′(1)=6、GS′′(1)=40 である。よって E[S]=6、V[S]=40+6−36=10 である。
〔3〕P(S=1)=GS′(0)=2e−4≈0.037 である。
公式でも確かめましょう。E[S]=4×1.5=6、V[S]=4×0.25+4×1.52=10 で、一致します。
以上が、確率母関数についての解説です。
モーメント母関数:定理の証明とその限界
最後に、モーメント母関数の定理を見ていきましょう。
モーメント母関数 は M(t)=E[etX] で、0 を含む開区間で有限なときに使います。X が0以上の整数なら M(t)=G(et) です。
【モーメント母関数の定理】
- モーメント: M(r)(0)=E[Xr]
- 1次変換と独立な和: MaX+b(t)=ebtMX(at)、MX+Y(t)=MX(t)MY(t)
- 一意性: 0 の近くで M が一致すれば、分布が一致する
1つずつ見ていきましょう。定理1は、etX のテイラー展開の期待値を項別にとることで得られます。0 の近くで M が有限なら、この入れかえが正当化されます。定理2は、定義に代入するだけです。定理3はラプラス変換の一意性によるもので、答案では証明せずに引用してかまいません。
対数をとった K(t)=logM(t) を キュムラント母関数 と呼びます。K′=M′/M、K′′=(M′′M−M′2)/M2 に M(0)=1 を入れると、次の式が得られます。
K′(0)=E[X],K′′(0)=V[X]
積を和に変えるので、計算が楽になります。例えばポアソン分布では K(t)=λ(et−1) で、微分は何回しても λ です。期待値も分散も λ だと、すぐに分かります。
例題:指数分布の差
X、Y は独立で、どちらも確率密度関数 e−x(x>0)に従う。W=X−Y とする。〔1〕MW(t) を求めよ。〔2〕W の確率密度関数が 21e−∣w∣ であることを示せ。〔3〕E[W2] と E[W4] を求めよ。
【解答】
〔1〕MX(t)=∫0∞e−(1−t)xdx=1/(1−t)(t<1)である。定理2より、∣t∣<1 で次を得る。
MW(t)=MX(t)MY(−t)=(1−t)(1+t)1=1−t21
〔2〕21e−∣w∣ のモーメント母関数を計算する。w>0 と w<0 に分けて積分すると、21(1−t1+1+t1)=1−t21 で、〔1〕と一致する。定理3より、W の確率密度関数はこれである。
〔3〕1/(1−t2)=1+t2+t4+⋯ である。tr の係数は E[Wr]/r! だから、E[W2]=2、E[W4]=24 である。
畳み込みの積分を1回もせずに、分布が同定できました。これが「指紋」の使い方です。
ただし、モーメント母関数には弱点があります。存在しない分布があるのです。
【モーメント母関数が使えない例】
- コーシー分布: t=0 で発散する。期待値も存在しない
- 対数正規分布: すべてのモーメントが有限なのに、t>0 で発散する
そこで、虚数単位を使った 特性関数 φ(t)=E[eitX] が用意されています。∣eitX∣=1 なので、どんな分布にも必ず存在します。一意性も、独立な和が積になる性質も同じです。
試験のポイント:「分布を求めよ」と問われたら、母関数を計算して既知の分布と一致させ、一意性を明記して結論します。「一意性より」の一言を落とさないようにしましょう。
以上が、モーメント母関数についての解説です。
細かい部分が分からなかったとしても問題ありません。ここでは、「母関数は分布の指紋で、独立な和を掛け算に変える」という点だけ押さえておきましょう。
今回のまとめ
それでは、今回の内容を振り返ります。
今回は分布を表す関数のつながりと、2つの母関数の定理について紹介しました。確率関数も生存関数も危険率も母関数も、同じ分布の別の見せ方です。問題に応じて、いちばん計算の楽な見せ方に移ることが、1級の解き方です。
今回のポイントを振り返りましょう。
振り返り
- 危険率は「今も生きている人」を基準にした濃さで、h=f/S。積分すると生存関数に戻る。
- 同時分布は「周辺 × 条件付き」で組み立てられ、二段階のモデルはこの形で書ける。
- ランダムな個数の和の確率母関数は GN(GX(s)) で、合成関数になる。
- モーメント母関数は分布の指紋。独立な和を積に変え、一意性で分布を同定する。
キーワードのおさらい
- 確率関数: 離散型で各値をとる確率を表す関数
- 確率密度関数: 連続型で積分すると確率になる関数
- 累積分布関数: F(x)=P(X≤x)
- 生存関数: S(x)=P(X>x)=1−F(x)
- 危険率: h(x)=f(x)/S(x)。生き残った条件のもとで直後に起こる勢い
- 同時分布: 複数の確率変数をまとめて見た分布
- 周辺分布: 同時分布から他の変数を足し切った分布
- 条件付き分布: 片方の値を固定したときの分布。同時を周辺で割る
- 確率母関数: G(s)=E[sX]。階乗モーメントと確率を取り出せる
- モーメント母関数(積率母関数): M(t)=E[etX]。モーメントが微分で出て、分布を一意に定める
さて、母関数を使うとモーメントが楽に求まることが分かりました。では、求めたモーメントから、分布の形はどこまで読み取れるのでしょうか?
次回は、分布の特性値について紹介します。
それでは、次の記事へ進んでいきましょう。