はじめに
当たりの回数の中に、p の情報はすべて入っている
「1万件のデータ、全部とっておかないとダメなの?」
例えば、くじを1万回引いて、当たりとはずれを順番に記録したとしましょう。知りたいのは、くじの当たる確率 p です。このとき、何回目に当たったかという記録まで必要でしょうか? 当たりが2,500回だったと分かれば、それで十分な気がしますよね。
実は、この直感は数学的に正しく言い表せます。「何回当たったか」という1つの数の中に、p についての情報はすべて入っていて、順番の記録には p の情報がまったく残っていないのです。
そこで登場するのが、今回の主役 十分統計量 です。十分統計量とは、母数についての情報を失わないデータの要約です。もう1つ、データを小さい順に並べて見る 順序統計量 も扱います。
前回の記事では、t分布や非心分布など、標本から作った量の分布を学びました。今回の記事では、どんな要約なら情報を失わないのかを見分ける方法と、順序統計量の分布について解説します。
十分統計量:情報を失わない要約
回数が分かれば、順番はどれも同じ確率で p と無関係
はじめに、十分統計量の定義について解説します。
まず言葉を確認しましょう。統計量 とは、標本 X1,…,Xn の関数で、未知の母数を含まないものです。例えば、Xˉ や S2 や最大値は統計量です。一方で、μ が未知のとき、Xˉ−μ は統計量ではありません。データだけでは値を計算できないからです。
統計量は、データの要約です。要約すれば、ふつうは情報が減ります。健康診断の検査記録を、結果票の1枚にまとめる場面を想像してください。結果票だけで医師が同じ判断をできるなら、その結果票は「十分な要約」です。
これを式で書いたものが、次の定義です。十分統計量 とは、T=t を与えたときの標本の条件つき分布が、母数 θ を含まない統計量 T のことです。
P(X1=x1,…,Xn=xn∣T=t) が θ によらない
なぜこれで「情報を失わない」と言えるのでしょうか? T を知ったあとの残りの部分は、θ と無関係な乱数と同じだからです。T さえあれば、θ を知らなくても、元のデータと同じ分布の偽データを作り直せます。つまり、元のデータが T に付け足している部分は、θ についての手がかりにはなりません。
具体的に見てみましょう。ベルヌーイ試行を3回行って、当たりの回数を T=X1+X2+X3 とします。T=1 のとき、ありうる並びは (1,0,0)、(0,1,0)、(0,0,1) の3通りです。どの並びの確率も p(1−p)2 で等しいので、条件つき確率は次のようになります。
P((1,0,0)∣T=1)=3p(1−p)2p(1−p)2=31
p が約分されて消えました。当たりの回数が分かれば、順番は p に関係なく、どれも同じ確率で起きているのです。一般に T=t なら、並びの確率は 1/(tn) です。
せっかくなので、別の例も見てみましょう。独立な X1,X2∼Po(λ) で、T=X1+X2 とします。ポアソン分布の再生性から T∼Po(2λ) なので、次の式が成り立ちます。
P(X1=a∣T=t)=t!e−2λ(2λ)ta!e−λλa⋅(t−a)!e−λλt−a=(at)(21)t
ここでも λ が消えて、二項分布 B(t,1/2) になりました。例えば、t=4、a=1 なら、λ がいくつでも確率は0.25です。
一方で、3回のベルヌーイ試行の X1 だけを残した要約は、十分統計量ではありません。X2,X3 の分布に p が残るからです。
以上が、十分統計量の定義についての解説です。
フィッシャー・ネイマンの分解定理:式の形で見分ける
θ に関わる荷物を箱 T に全部詰められたら十分統計量
次に、十分統計量を見つける便利な道具を説明します。
定義どおりに条件つき分布を計算するのは手間がかかります。しかも、どの統計量を試せばよいのかも分かりません。そこで使うのが、フィッシャー・ネイマンの分解定理 です。
f(x1,…,xn;θ)=g(T(x1,…,xn);θ)⋅h(x1,…,xn)
f は標本の同時確率関数または同時確率密度関数です。T が十分統計量であることは、このように2つの因数に分解できることと同じです。
言葉で言うと、θ を含む因数 g には、データが T の形でしか入らず、残りの因数 h は θ を含まない、ということです。荷物の仕分けに例えるなら、θ に関わる荷物を T という箱に全部詰められたら、箱の外には θ に関係のないものしか残らない、というイメージです。
なぜ成り立つのかも、離散型で確かめておきましょう。T(x)=t のとき、条件つき確率は次のように計算できます。
P(X=x∣T=t)=∑y:T(y)=tg(t;θ)h(y)g(t;θ)h(x)=∑y:T(y)=th(y)h(x)
g(t;θ) が分母と分子で約分されて、θ が消えます。逆に、十分統計量なら f=P(T=t)⋅P(X=x∣T=t) と分ければ、分解の形になります。
3つの分布で使ってみます。1つずつ見ていきましょう。
1. ポアソン分布
同時確率関数を書き、λ を含む部分と含まない部分に分けます。
i=1∏nxi!e−λλxi=ge−nλλ∑ixi⋅h∏ixi!1
データは g の中に ∑ixi の形でしか現れません。したがって、T=∑iXi が十分統計量です。
2. 正規分布
μ と σ2 がともに未知なら、指数の中を展開します。
i=1∏nf(xi)=(2πσ2)−n/2exp{−2σ2∑ixi2−2μ∑ixi+nμ2}
データは ∑ixi と ∑ixi2 の2つの形でしか入っていません。したがって、組 (∑iXi, ∑iXi2) が十分統計量です。これを1対1に変換した (Xˉ,S2) も十分統計量です。正規母集団の問題で xˉ と s2 だけ与えられても解けるのは、このためです。
3. 一様分布
U(0,θ) の密度は 1/θ で、0≤x≤θ の外では0です。範囲を式に入れるには、条件が成り立つとき1、成り立たないとき0となる指示関数 1{⋅} を使います。
i=1∏nθ11{0≤xi≤θ}=gθ−n1{imaxxi≤θ}⋅h1{iminxi≥0}
全員が θ 以下という条件は、最大値が θ 以下という条件と同じです。したがって、T=maxiXi が十分統計量です。平均ではなく最大値が要約になるのが、一様分布のおもしろいところです。
試験のポイント:範囲が母数で決まる分布では、指示関数を忘れずに書きます。十分統計量が最大値や最小値になるのは、たいていこの形です。
例題:分解定理で十分統計量を見つける
f(x;θ)=θxθ−1(0<x<1、θ>0)からの標本について、θ の十分統計量を求めましょう。
【解き方】
- 同時密度を書く: ∏iθxiθ−1=θn(∏ixi)θ−1
- データは ∏ixi の形でしか入っていない。h(x)=1 とする
- したがって T=∏iXi が十分統計量
答えは T=∏iXi です。1対1の変換をした ∑ilogXi でもかまいません。
補足(ここは読み飛ばしてOK):
十分統計量は1つではありません。データ全体も、自明な十分統計量です。これ以上小さく要約できない十分統計量を、最小十分統計量と呼びます。また、f(x;θ)=h(x)c(θ)exp{η(θ)t(x)} の形の指数型分布族では、∑it(Xi) がいつも十分統計量になります。
以上が、分解定理についての説明です。
順序統計量:並べ替えて見る
n 個の点は、区間を平均して n+1 等分する
最後に、順序統計量を見ていきましょう。
順序統計量 とは、標本を小さい順に並べ替えた X(1)≤X(2)≤⋯≤X(n) のことです。背の順に並び直した列だと思ってください。X(1) が最小値、X(n) が最大値で、中央値も範囲 X(n)−X(1) も、ここから計算できます。
独立に同じ分布に従う標本では、順序統計量全体はいつでも十分統計量です。同時密度 ∏if(xi;θ) は掛ける順番を変えても同じなので、並べ替える前の順番には θ の情報がないからです。
では、順序統計量の分布を求めてみましょう。以下、母集団の分布関数を F、密度を f とします。
1. 最大値と最小値
最大値が x 以下であるのは、全員が x 以下のときです。最小値が x より大きいのは、全員が x より大きいときです。独立性から、次の式が得られます。
P(X(n)≤x)=F(x)n,P(X(1)>x)={1−F(x)}n
例えば、寿命が平均1,000時間の指数分布に従う電球を3個同時につけたとします。最初の1個が切れるまでの時間 X(1) は、次の生存関数をもちます。
P(X(1)>x)=(e−x/1000)3=e−3x/1000
つまり、平均 1000/3≈333 時間の指数分布です。3個あると、誰かが切れるまでの時間は3分の1になります。100時間以上1個も切れない確率は e−0.3≈0.741 です。
2. k番目の値
k 番目の値 X(k) の密度は、次のとおりです。
f(k)(x)=(k−1)!(n−k)!n!F(x)k−1{1−F(x)}n−kf(x)
式は長いですが、読み方はかんたんです。n 人を「x より下の k−1 人」「ちょうど x にいる1人」「x より上の n−k 人」の3組に分けるだけです。組分けの仕方が多項係数で、それぞれの組の確率が F(x)、f(x)、1−F(x) です。
U(0,1) の標本では F(x)=x、f(x)=1 なので、X(k) はベータ分布に従います。
X(k)∼Beta(k, n−k+1),E[X(k)]=n+1k
期待値が k/n ではなく k/(n+1) である点が大切です。n 個の点は、区間を平均して n+1 等分すると考えられます。例えば、n=5 の中央値 X(3) は Beta(3,3) に従い、密度は 30x2(1−x)2、期待値は 1/2、分散は 1/28 です。
また、並べ替えた全体の同時密度は、x1<x2<⋯<xn の範囲で n!∏if(xi) です。もとの標本には n! 通りの順番があり、それらが1つに集まるからです。ここからは、U(0,1) の範囲の期待値が E[X(n)]−E[X(1)]=(n−1)/(n+1) となることも分かります。
例題:番号の上限を見積もる
ラーメン店の整理券の番号が、0から θ の間で一様に分布しているとみなします。5枚を無作為に見ると、番号は 12, 34, 51, 66, 80 でした。最大値にもとづく θ の見積もりを、期待値がちょうど θ になるように作りましょう。
【解き方】
- Xi/θ は U(0,1) に従うので、E[X(5)/θ]=5/6
- したがって E[X(5)]=65θ となり、最大値は平均して θ より小さい
- 補正する: 56X(5) の期待値は θ
- 代入する: 56×80=96
答えは96です。最大値は十分統計量なので、θ の情報はこの1つに集まっています。この推定量がどれほどよいかは、点推定の性質の記事で確かめます。
試験のポイント:最大値は F(x)n、最小値は 1−{1−F(x)}n と、分布関数から攻めるのが基本です。密度はそれを微分して求めます。
以上が、順序統計量についての解説です。
細かい式を忘れてしまっても問題ありません。ここでは、「分解できれば十分統計量」「並べ替えた値の分布は分布関数から攻める」という点だけ押さえておきましょう。
今回のまとめ
情報を失わない要約を見分け、並べ替えて分布を読む
それでは、今回の内容を振り返ります。
今回は、データの情報を失わない要約である十分統計量と、並べ替えて見る順序統計量について紹介しました。データをたくさん持っていることと、母数の情報をたくさん持っていることは、別の話です。分解定理は、情報のありかを式の形から教えてくれます。
今回のポイントを振り返りましょう。
振り返り
- 統計量はデータだけで計算できる量。未知の母数を含まない。
- 十分統計量は、条件つき分布から母数が消える要約で、健康診断の結果票のようなもの。
- 分解定理により、θ を含む因数にデータが T の形でしか入らなければ、T は十分統計量になる。
- 正規分布では (Xˉ,S2)、ポアソン分布では合計、一様分布 U(0,θ) では最大値が十分統計量になる。
- 順序統計量の分布は分布関数から導ける。U(0,1) の X(k) は Beta(k,n−k+1) に従う。
キーワードのおさらい
- 統計量: 標本の関数で、未知の母数を含まないもの
- 十分統計量: 与えたときの標本の条件つき分布が母数によらない統計量
- フィッシャー・ネイマンの分解定理: 同時確率(密度)が g(T;θ)h(x) と分解できることが、T が十分である条件だという定理
- 順序統計量: 標本を小さい順に並べ替えた X(1),…,X(n)
さて、要約の仕方が分かったところで、次の疑問が出てきます。その要約から、母数の値を具体的にどう決めればよいのでしょうか?
次回は、推定量の作り方である「最尤法」「モーメント法」「最小二乗法」について紹介します。
それでは、次の記事へ進んでいきましょう。