準1級-26 応用統計の手法
標本調査法
- 有限母集団
- 有限修正
- 各種の標本抽出法
はじめに
「全校600人のうち300人に聞いたのに、誤差の式は400万人の都市を調べるときと同じでいいの?」
2級で学んだ標本平均の標準誤差は でした。この式には、母集団の大きさが出てきません。例えば、味噌汁の味見を思い出してください。鍋が大きくても小さくても、よくかき混ぜれば、ひとさじで味は分かります。多くの世論調査では、この考え方で十分です。
でも、600人の学校で300人に聞くのは、味見というより鍋の半分を飲み干すようなものです。もし600人全員に聞けば、誤差はゼロになるはずです。ところが、 に を入れても、ゼロにはなりません。
実は、2級の式は、母集団が無限に大きいか、同じ人を何度も選びうる抽出を前提にしていました。現実の調査は、人数の決まった集団から、同じ人を二度選ばずに抽出します。ここに、式の修正が必要になります。
そこで登場するのが、今回の主役 有限修正 です。有限修正とは、大きさの決まった母集団から非復元で抽出するときに、標本平均の分散にかかる補正のことです。
前回の記事では、実験の組み方を学びました。今回の記事では、有限母集団 からの単純無作為抽出を式で押さえ、層化抽出法の最適な配分、クラスター抽出法の効率、抽出確率で重みをつける推定まで、各種の標本抽出法を解説します。
有限母集団と有限修正:鍋の大きさが効くとき
はじめに、調査の土台である単純無作為抽出について解説します。
有限母集団 とは、要素の数 が決まっている母集団です。全校の生徒や、ある市の世帯がその例です。要素の値を とすると、確率分布を考えなくても、母平均と母分散が具体的な数として決まります。
ここで注意です。標本調査の分野では、母分散の分母を にした を使うことが多いです。式がきれいになるからです。分母を にしたものは と書いて区別します。問題文の定義を必ず確かめましょう。
単純無作為抽出 は、 個から 個を選ぶ 通りの組が、すべて同じ確率で選ばれる非復元の抽出です。このとき、標本平均 は の不偏推定量で、分散は次の式になります。
は 抽出率 です。 を 有限修正項 と呼びます。言葉で言うと、「2級の分散 に、まだ調べていない割合をかけたもの」です。 なら分散は0で、全員に聞けば誤差はありません。一方で、 が よりずっと大きければ有限修正項は1に近く、鍋の大きさは関係なくなります。目安として、抽出率が5%未満なら無視しても差し支えありません。
なぜこの形になるのでしょうか? 要素 が選ばれたら1、選ばれなければ0となる変数 を考えます。非復元の抽出では、誰かが選ばれると、他の人の枠が1つ減ります。そのため たちは互いに独立ではありません。
【導出の要点】
- 平均と分散: 、
- 共分散: は定数なので 。ここから
- の分散を、この共分散を使って展開する
負の共分散が、分散を小さくする正体です。席の数が決まった椅子取りゲームのように、誰かが座ると他の人は座りにくくなります。これが「同じ人を二度聞かない」ことの効果です。
例題:全通りを数えて確かめる
の母集団 2, 4, 6, 8, 10 から、 を非復元で単純無作為抽出します。標本平均の分散を求めましょう。
【解き方】
- 母平均は6。偏差平方和は なので、、
- 公式:
- 別の形: で一致する
- 全10通りの標本平均 3, 4, 5, 6, 5, 6, 7, 7, 8, 9 の分散を直接計算しても3
答えは3です。復元抽出なら で、有限修正の効果で4分の3に減っています。
実際の調査では が未知なので、標本の不偏分散 を代入します。 が成り立つからです。
せっかくなので、別の例も見てみましょう。2,000世帯の町から400世帯を選び、1か月の水道代を調べたら、(百円)でした。標準誤差は次のとおりです。
修正なしの2.5より約1割小さくなります。町全体の 総計 は で推定し、標準誤差は 倍の約4,472です。
比率も同じ形です。 が0か1の場合で、 を標本比率とすると、次の式になります。
例えば、 の学校で200人に聞いて なら、95%の誤差の幅は約 ポイントです。修正なしの ポイントより狭くなります。
例題:有限修正つきの標本サイズ
比率の見当がつかない調査で、95%の誤差の幅を ポイントにしたいとします。 のとき、必要な標本サイズを求めましょう。
【解き方】
- 2級の式:
- を について解くと、次の式になる
- 代入する:
答えは323人です。同じ計算で、 なら218人です。一方、 が100万なら385人でほとんど変わりません。
試験のポイント:有限修正項は で、抽出率が小さければ とほぼ同じです。修正がかかるのは分散で、標準誤差にはその平方根がかかります。
以上が、有限母集団と有限修正についての解説です。
層化抽出法:配分で精度を上げる
次に、層化抽出法を式で説明します。
2級で学んだように、層化抽出法 は、母集団を似たものどうしの層に分けて、層ごとに抽出する方法です。第 層の大きさを 、割合を 、標本の大きさを とします。母平均の推定量は、層の平均の加重平均です。
は層の中の分散です。層の間の差は分散に入りません。これが層化の強みです。
では、全体の を層にどう配分すればよいでしょうか? 2つの方法があります。
【2つの配分法】
- 比例配分: 。層の大きさに比例させる
- ネイマン配分: 。大きさとばらつきの積に比例させる
ネイマン配分は、分散を最小にする 最適配分 です。 の制約のもとで、ラグランジュの未定乗数法かコーシー・シュワルツの不等式で導けます。
試験勉強に例えてみましょう。出題の割合が同じなら、もう完璧な科目より、点数がぶれる苦手科目に時間を回すほうが、全体の点は安定します。ばらつきの大きい層に標本を多く配るのは、これと同じです。
有限修正を無視すると、3つの方法の分散は次のように書けます。
| 方法 | の分散 |
|---|---|
| 単純無作為抽出 | |
| 比例配分 | |
| ネイマン配分 |
単純無作為抽出との差は、層の間の平方和です。層の平均が違うほど、層化の効果は大きくなります。比例配分とネイマン配分の差は、 のばらつきの大きさで決まります。
例題:配分で分散を比べる
ある市の世帯は、層1(、平均50、)と層2(、平均80、)に分かれます。 のとき、3つの方法の分散と、ネイマン配分の を求めましょう。有限修正は無視します。
【解き方】
- 層の中の分散の加重平均:
- 母平均は 。層の間の平方和は
- 単純無作為抽出:
- 比例配分:
- ネイマン配分: なので、
- 配分: 、
答えは順に6.36, 4.2, 3.24で、ネイマン配分は 、 です。層1のほうが大きいのに、ばらつきの大きい層2へ標本を多く配っています。
試験のポイント:ネイマン配分は (または )に比例です。 に比例させる誤りが多いので注意しましょう。
以上が、層化抽出法についての説明です。
クラスター抽出法と多段抽出法:手間と精度の取引
続いて、調査の手間を減らす方法について解説します。
全国の世帯から単純無作為抽出をすると、調査員は全国に散らばった世帯を訪ね歩くことになります。そこで、学校や地区のような クラスター(集落)を選び、その中をまとめて調べるのがクラスター抽出法でした。
ただし、同じ地区の世帯は似ています。味噌汁の例で言えば、鍋の同じ場所から何さじもすくっても、新しい情報はあまり増えません。この似ている度合いを表すのが 級内相関係数 です。大きさ のクラスターをまるごと調べるとき、分散は単純無作為抽出のおよそ次の倍数になります。
deff は デザイン効果 です。単純無作為抽出と比べて、分散が何倍になるかを表します。標本の大きさを deff で割った値を 有効標本サイズ と呼びます。
例えば、1クラス20人の学級を50学級選んで、合計1,000人を調べたとします。 なら、 です。1,000人のデータでも、単純無作為抽出の約513人分の精度しかありません。級内相関がわずか0.05でも、分散はほぼ2倍になるのです。
層化抽出法とクラスター抽出法は、発想が逆です。層は中が均質で層どうしが異なるほどよく、クラスターは中が多様でクラスターどうしが似ているほどよいです。
多段抽出法 は、段階を分けて抽出する方法です。第1段で市区町村を選び、第2段でその中の世帯を選びます。クラスターの中を全部調べるより、人数を抑えて多くの地点へ分けられるので、deff を小さくできます。
ここで問題があります。第1段で地区を同じ確率で選び、第2段で20世帯ずつ選ぶと、大きい地区の世帯は選ばれにくくなります。そこで使うのが 確率比例抽出(PPS)です。第1段で、地区の大きさに比例した確率で選びます。
具体的に見てみましょう。全体が10万世帯で、第1段で10地区を選び、第2段で各20世帯を選びます。5,000世帯の地区に住む世帯の抽出確率と、1,000世帯の地区に住む世帯の抽出確率を比べます。
【確率比例抽出の計算】
- 5,000世帯の地区:
- 1,000世帯の地区:
地区の大きさが約分で消えて、どの世帯も同じ確率です。これを 自己加重 の標本と呼びます。
以上が、クラスター抽出法と多段抽出法についての解説です。
各種の標本抽出法:抽出確率で重みをつける
最後に、各種の標本抽出法を整理して、共通の推定の考え方を見ていきましょう。
ここまでの方法に、系統抽出法 を加えて並べます。系統抽出法は、最初の1つを乱数で決め、その後は 番目おきに選ぶ方法です。手軽ですが、名簿の並びに周期があると危険です。例えば、毎週同じ曜日の売上だけを拾うと、週の周期が結果に丸ごと入ります。
| 抽出法 | 手順 | 長所 | 注意点 |
|---|---|---|---|
| 単純無作為 | 全員から等確率で非復元 | 式が単純 | 名簿が必要。費用が高い |
| 系統 | 等間隔に選ぶ | 手軽 | 周期があると偏る |
| 層化 | 層ごとに抽出 | 精度が上がる | 層の情報が必要 |
| クラスター | 集団をまるごと | 費用が安い | 級内相関で精度が下がる |
| 多段 | 段階を分ける | 全国調査に向く | 分散の計算が複雑 |
| 確率比例 | 大きさに比例して選ぶ | 自己加重にできる | 大きさの情報が必要 |
では、抽出確率が人によって違うとき、どう推定すればよいでしょうか? 答えは、確率の逆数で重みをつけることです。
要素 が標本に入る確率を 包含確率 とします。母集団の総計の推定量は次の形です。
これを ホービッツ・トンプソン推定量 と呼びます。 は「この1人が母集団の何人を代表するか」という重みです。選挙の代議員のように、選ばれにくい人ほど多くの人の声を背負います。 を標本に入る指示変数とすると、 なので、次のように不偏性がすぐに示せます。
例えば、標本の3人の値が10, 20, 30で、包含確率が0.5, 0.25, 0.1だったとします。総計の推定値は です。単純無作為抽出なら で、 に戻ります。
補足(ここは読み飛ばしてOK): 母集団全体の補助変数の合計 が分かっているときは、比推定 が使えます。例えば、標本の今年の売上の平均が120、昨年の平均が100で、全店の昨年の合計が5,000なら、今年の合計を と推定します。 と が比例に近いほど、精度が上がります。
以上が、各種の標本抽出法についての解説です。
細かい式を忘れてしまっても問題ありません。ここでは、「非復元の分散には有限修正がかかる」「ばらつきの大きい層に多く配る」「似た者の集まりは精度を下げる」という点だけ押さえておきましょう。
今回のまとめ
それでは、今回の内容を振り返ります。
今回は、有限母集団からの抽出と、各種の標本抽出法について紹介しました。調査の設計は、精度と費用の取引です。層で精度を上げ、クラスターで費用を下げ、抽出確率の違いは重みで補う。この3つの道具で、現実の調査は組み立てられています。
今回のポイントを振り返りましょう。
振り返り
- 有限母集団の単純無作為抽出では、。全員に聞けば分散は0になる。
- 有限修正項は 。抽出率が小さければ1に近く、鍋の大きさは効かない。
- 層化の分散には層の間の差が入らない。ネイマン配分は に比例させる。
- クラスター抽出法の分散は 倍。同じ場所から何さじすくっても情報は増えにくい。
- 抽出確率が違うときは、確率の逆数で重みをつけるホービッツ・トンプソン推定量を使う。
キーワードのおさらい
- 有限母集団: 要素の数 が決まっている母集団
- 有限修正: 非復元抽出で標本平均の分散にかかる補正。有限修正項は
- 各種の標本抽出法: 単純無作為、系統、層化、クラスター、多段、確率比例など
- ネイマン配分: 分散を最小にする層への配分。 に比例
- デザイン効果: 単純無作為抽出に対する分散の倍率
さて、ここまでで、データの取り方は一通りそろいました。でも、集まったデータの変数が何十個もあると、全体像がつかめません。5教科の成績を1つの数で要約するには、どうすればよいのでしょうか?
次回は、多くの変数を少数の合成変数に要約する「主成分分析」について紹介します。
それでは、次の記事へ進んでいきましょう。