2級-16 推測統計の基礎
標本分布 — 大数の法則と中心極限定理
- 独立試行
- 標本平均の期待値・分散
- チェビシェフの不等式
- 大数の法則
- 中心極限定理
- 二項分布の正規近似
- 連続修正
- 母集団
- 母数(母平均
- 母分散)
はじめに
「味噌汁の味見って、なんでスプーン一杯でいいの?」
鍋いっぱいの味噌汁を全部飲まなくても、よくかき混ぜてあれば、一口で鍋全体の味が分かります。統計の標本調査も同じです。全員を調べなくても、一部を調べれば全体が分かると、3級で学びました。
でも、ここで疑問が残ります。一口の味は、たまたま濃かったり薄かったりしないのでしょうか? 1,000人のアンケートは、なぜ1億人の代わりになるのでしょうか?
実は、この疑問に答えてくれる数学の定理があります。データを増やすと標本平均がどこへ向かうかを教える定理と、どんな形に集まるかを教える定理です。
そこで登場するのが、今回の主役 大数の法則 と 中心極限定理 です。この2つは、推定と検定のすべてを下から支える土台です。
前回の記事では、代表的な確率分布を学びました。今回の記事では、データから計算した標本平均がどんな分布に従うのかを、2つの定理とともに解説します。
母集団と母数:何を知りたいのか
はじめに、言葉の整理をします。
母集団 は、調べたい対象の全体です。標本 は、そこから取り出した一部です。ここまでは3級で学んだとおりです。2級では、これを確率の言葉で言い直します。
母集団の全員の身長を分布で表したとき、その分布の平均や分散を 母数(母平均、母分散) と呼びます。母数とは、母集団の特徴を表す値のことです。記号は母平均が 、母分散が です。味噌汁でいえば、鍋全体の本当の濃さです。
ここがポイントです。母数は決まった1つの値ですが、私たちには分かりません。一方、標本から計算する標本平均 は、取り出す標本によって毎回変わります。つまり、標本平均も確率変数なのです。
具体的に見てみましょう。サイコロを10回振って目の平均を出すと、1回目の挑戦は3.2、2回目の挑戦は3.9のように、やるたびに変わります。この「標本平均の値がどう散らばるか」を表す分布を 標本分布 と呼びます。
標本を取り出すときは、次のように考えます。
【標本 の前提】
- どの も、母集団と同じ分布に従う(平均 、分散 )
- は互いに独立である
2つ目の独立な観測を、独立試行 と言います。前の結果が次の結果に影響しない試行のことです。サイコロは前の目を覚えていないので、独立試行です。人の調査では、母集団が十分に大きければ、独立だと見なせます。
以上が、母集団と母数についての解説です。
標本平均の期待値・分散
次に、標本平均の期待値・分散について説明します。
標本平均は です。前回までに学んだ「和の期待値」と「独立な和の分散」の公式を使うと、次の結果が出ます。
記号の意味は、 が期待値、 が分散、 が標準偏差です。言葉で言うと、「標本平均の中心は母平均と同じで、ばらつきは個々のデータの に縮む」となります。標本平均の標準偏差を 標準誤差 と呼ぶこともあります。
なぜ縮むのでしょうか? 平均をとると、大きな値と小さな値が打ち消し合うからです。シーソーの両側に人が増えるほど、片側に偏りにくくなるイメージです。
導出もかんたんです。
【分散の導出】
- 独立なので、和の分散は分散の和:
- で割ると分散は 倍:
サイコロの例で計算してみましょう。サイコロの目は 、 です。
| 回数 | 標本平均の分散 | 標本平均の標準偏差 |
|---|---|---|
| 10 | 0.292 | 0.540 |
| 100 | 0.0292 | 0.171 |
| 400 | 0.00729 | 0.0854 |
100回から400回へ4倍に増やすと、標準偏差はちょうど半分になりました。
例題:標本平均の分布を求める
ある工場のお弁当の重さは、平均200g、標準偏差12gです。9個を無作為に選んだときの標本平均の期待値・分散・標準偏差を求めましょう。
【解き方】
- 期待値は母平均と同じ:
- 分散は :
- 標準偏差は平方根:
答えは、期待値200g、分散16、標準偏差4gです。
試験のポイント:精度を2倍にする(標準偏差を半分にする)には、標本の大きさを4倍にする必要があります。
以上が、標本平均の期待値・分散についての説明です。
チェビシェフの不等式と大数の法則
続いて、標本平均がどこへ向かうのかを見ていきましょう。
1. チェビシェフの不等式
チェビシェフの不等式 は、分布の形がまったく分からなくても、平均から離れた値の確率に上限をつけられる不等式です。
は正の数です。言葉で言うと、「平均から標準偏差の 倍以上離れる確率は、どんな分布でも 以下」となります。
例えば、平均60点、標準偏差10点のテストがあるとします。点数の分布が分からなくても、40点以下または80点以上の人は、 として全体の 以下と言えます。同じように、 なら30点以下または90点以上の人は 以下です。
天気予報の「最悪でもこのくらい」という見積もりのようなものです。どんな分布でも成り立つかわりに、上限はかなり大きめです。正規分布なら、 の確率は実際には約0.046で、 よりずっと小さいです。
2. 大数の法則
チェビシェフの不等式を標本平均に当てはめると、次の式が得られます。 は好きなだけ小さい正の数です。
右辺は、 を大きくすると0に近づきます。つまり、 が大きくなると、標本平均が母平均から離れる確率はいくらでも小さくなります。これが 大数の法則 です。
サイコロで計算してみましょう。 とすると、 なら上限は約0.29、 なら上限は約0.029です。
味見の話に戻ると、一口でも濃い薄いのぶれはありますが、たくさん味見するほど本当の濃さに近づくのです。保険会社が一人ひとりの事故を予測できなくても、加入者全体の事故率を読めるのも、この法則のおかげです。
ただし、よくある誤解があります。コインで表が5回続いたからといって、次は裏が出やすくなるわけではありません。大数の法則は、過去のズレが打ち消されるのではなく、大量の新しいデータでズレが薄まっていくという法則です。
以上が、チェビシェフの不等式と大数の法則についての解説です。
中心極限定理:どんな形に集まるのか
次に、推測統計で最も重要な定理について解説します。
大数の法則は「どこに集まるか」を教えてくれました。中心極限定理 は「どんな形で集まるか」を教えてくれます。結論を一言で言うと、次のとおりです。
母集団の分布がどんな形でも、 が大きければ、標本平均は正規分布に近づく。
意外ですよね。サイコロの目の分布は山型ではなく平らです。それでも100回の平均をとると、釣り鐘型になります。大勢で綱引きをすると、一人ひとりの力はばらばらでも、全体の結果は真ん中近くに落ち着くのに似ています。
具体的に見てみましょう。サイコロを100回振った平均が3.7以上になる確率を求めます。標本平均は で近似できるので、 です。標準正規分布の上側確率より、約0.12となります。
せっかくなので、別の例も見てみましょう。今度は左右対称ではない分布です。前回の指数分布は、大きく右に裾を引いていました。
例題:中心極限定理で確率を求める
お店の接客時間は、平均5分、標準偏差5分の指数分布に従います。36人の接客時間の平均が6.5分以上になる確率を求めましょう。
【解き方】
- は十分大きいので、標本平均は正規分布で近似する
- 標本平均の標準偏差は
- 標準化する:
- 標準正規分布表から
答えは約0.036です。母集団の形を気にせず計算できました。これが中心極限定理の力です。
補足(ここは読み飛ばしてOK): 母集団がもともと正規分布なら、 がいくつでも標本平均は正確に正規分布に従います。近似が必要なのは、正規分布ではない母集団のときです。歪みの強い分布ほど、大きな が必要です。
試験のポイント:中心極限定理が言っているのは、標本平均の分布が正規分布に近づくことです。データそのものの分布が正規分布に近づくわけではありません。
以上が、中心極限定理についての解説です。
二項分布の正規近似と連続修正
最後に、中心極限定理のいちばんの応用を見ていきましょう。
二項分布の成功回数 は、ベルヌーイ試行の結果(0か1)の和です。和は平均の 倍なので、やはり中心極限定理が効きます。これが 二項分布の正規近似 です。
近似してよい目安は、 と がどちらも5以上であることです。
ただし、1つだけ注意があります。二項分布は整数しかとらない階段のような分布で、正規分布はなめらかな坂です。階段を坂で近似するので、境目で半分だけずらすと精度が上がります。これを 連続修正(半整数補正)と呼びます。
【連続修正のしかた】
- は、 以上の面積で近似する
- は、 以下の面積で近似する
整数の「60」は、なめらかな世界では59.5から60.5までの幅を持っている、と考えるのです。
例題:コインを100回投げる
公平なコインを100回投げて、表が60回以上出る確率を、連続修正を使って求めましょう。
【解き方】
- 平均と標準偏差を求める: 、
- 連続修正で境目を59.5にする
- 標準化する:
- 標準正規分布表から
答えは約0.029です。正確な二項分布の値は0.0284なので、とても近いです。連続修正をしないと で0.0228となり、少しズレます。
また、成功回数を で割った標本比率 は、 で近似できます。例えば、、 なら標準偏差は約0.023です。これは、後の記事の母比率の推定で使います。
以上が、二項分布の正規近似と連続修正についての説明です。
細かい計算が分からなかったとしても問題ありません。ここでは、「標本平均のばらつきは で、形は正規分布に近づく」という点だけ押さえておきましょう。
今回のまとめ
それでは、今回の内容を振り返ります。
今回は標本平均の性質と、2つの極限定理について紹介しました。一口の味見はぶれますが、そのぶれ方には法則があります。ばらつきは 分の1に縮み、形は釣り鐘型になります。だから、全員を調べなくても、誤差の大きさまで含めて全体を語れるのです。
今回のポイントを振り返りましょう。
振り返り
- 母数は決まった値、標本平均は標本ごとに変わる確率変数。
- 標本平均の期待値は 、分散は 。精度を2倍にするには を4倍にする。
- 大数の法則は「どこに集まるか」。標本平均は母平均に近づく。
- 中心極限定理は「どんな形で集まるか」。母集団の形によらず、標本平均は正規分布に近づく。
- 二項分布は正規分布で近似でき、連続修正で境目を0.5ずらす。
キーワードのおさらい
- 母集団: 調べたい対象の全体
- 母数: 母平均や母分散など、母集団の特徴を表す値
- 独立試行: 前の結果が次の結果に影響しない試行
- チェビシェフの不等式: 平均から 以上離れる確率は 以下という不等式
- 大数の法則: が大きいと標本平均が母平均に近づくという法則
- 中心極限定理: が大きいと標本平均の分布が正規分布に近づくという定理
- 二項分布の正規近似: を で近似すること
- 連続修正: 離散の値を連続で近似するとき、境目を0.5ずらすこと
さて、中心極限定理には、まだ弱点があります。標準化の式には母標準偏差 が入っていましたが、現実には が分からないことのほうが多いですよね。
次回は、 が分からなくても使える「t分布・カイ二乗分布・F分布」と、分布表の使い方について紹介します。
それでは、次の記事へ進んでいきましょう。