はじめに
「尤度が書けないときは、どうやって推定するの?」
前回の記事で、最尤推定の答案の書き方を学びました。とても強力な方法ですが、前提が1つあります。分布の形を、最後まで決めておかなければならないのです。
例えば、コンビニの売上を説明変数で予測する場面を考えましょう。誤差の平均が0で、ばらつきが一定だとは言えても、誤差の分布の形までは分からないことがよくありますよね。精密な地図がなくても、方角と距離さえ分かれば目的地に向かえるように、少ない仮定でできる推定があるはずです。
実は、推定の方法は、どこまで仮定するかで使い分けられます。平均と分散しか仮定しなくても、「この中では最良である」と証明できる推定量があるのです。
そこで登場するのが、今回の主役 線形推定(BLUE) です。BLUE は最良線形不偏推定量のことで、線形で不偏な推定量の中で分散が最小のものです。あわせて、モーメント法、最小二乗法、そして その他の手法 も扱います。
前回の記事では、最尤法を学びました。今回の記事では、モーメント推定量の漸近分散の求め方、最小二乗法の幾何学的な証明、BLUE の導出、そして最尤法以外の推定法について解説します。
モーメント法:推定量の分布まで求める
はじめに、モーメント法の性質の調べ方について解説します。
モーメント法 は、標本モーメント mk=n1∑iXik と母集団のモーメント μk(θ) を等しいとおいて、母数について解く方法でした。準1級では、推定値を計算するところまで学びました。1級では「作って終わり」ではなく、その推定量がどれくらいよいのかまで述べます。
モーメント法は、目測の職人さんのようなものです。巻き尺で寸法を2、3か所測るだけで、すぐに見積もりを出してくれます。ただ、精密機械の測定(最尤法)と比べて、どのくらい精度が落ちるのかは知っておきたいですよね。
【モーメント推定量の性質を調べる手順】
- 解いた形を、標本モーメントの関数として θ~=h(m1,…,mp) と書く
- 一致性: 大数の法則で mk→μk と確率収束し、h が連続なら θ~→θ
- 漸近正規性: 中心極限定理とデルタ法で、n(θ~−θ) の極限分布を求める
1個のモーメントを使う場合、手順3は次の形です。デルタ法の証明は、漸近的性質の記事で行います。
n(h(Xˉ)−h(μ)) d N(0, h′(μ)2σ2)
例題:モーメント推定量の漸近分散
密度 f(x;θ)=θxθ−1(0<x<1、θ>0)からの標本について、θ のモーメント推定量 θ~ の漸近分散を求めよ。さらに、漸近分散が θ2/n である最尤推定量に対する相対的な効率を求め、θ=2 の値を答えよ。
【答案】
- E[X]=θ/(θ+1)、E[X2]=θ/(θ+2) より、V[X]=(θ+1)2(θ+2)θ である
- Xˉ=θ/(θ+1) を解くと、θ~=h(Xˉ)、h(m)=m/(1−m) である
- h′(m)=1/(1−m)2 に 1−μ=1/(θ+1) を入れると、h′(μ)=(θ+1)2 である
- デルタ法より、n(θ~−θ) の漸近分散は次のようになる
(θ+1)4×(θ+1)2(θ+2)θ=θ+2θ(θ+1)2
- 最尤推定量との比は、θ(θ+1)2/(θ+2)θ2=(θ+1)2θ(θ+2) である。分子は分母より1小さいので、この値は1未満である
答えは、漸近分散が θ(θ+1)2/{n(θ+2)} で、効率は θ=2 のとき 8/9≈0.889 です。職人さんの目測は、精密機械の約9割の精度でした。
せっかくなので、別の例も見てみましょう。N と p がともに未知の二項分布 B(N,p) では、E[X]=Np、V[X]=Np(1−p) です。標本分散を v とすると、p~=1−v/xˉ、N~=xˉ/p~ となります。例えば、xˉ=6、v=2.4 なら、p~=0.6、N~=10 です。ただし、v>xˉ のデータが出ると p~<0 になってしまいます。ありえない値が出ることは、モーメント法の弱点です。
もう1つの弱点は、十分統計量の関数になるとは限らないことです。U(0,θ) の 2Xˉ は、十分統計量 X(n) の関数ではありません。この点は、次回の記事で改良します。
以上が、モーメント法についての解説です。
最小二乗法:直交性で最小を証明する
次に、最小二乗法が本当に最小を与えることの証明を説明します。
最小二乗法 は、線形模型 y=Xβ+ε で、∥y−Xβ∥2 を最小にする方法でした。準1級では、微分して0とおき、正規方程式 X⊤Xβ^=X⊤y を導きました。答案では、微分を使わずに最小を直接示せます。
川まで最短距離で歩きたいとき、川に垂直に歩きますよね。斜めに歩くと、ピタゴラスの定理の斜辺の分だけ遠くなります。最小二乗法も同じです。
β^ を正規方程式の解とします。任意の β について、y−Xβ=(y−Xβ^)+X(β^−β) と分けて2乗します。交差項は 2(β^−β)⊤X⊤(y−Xβ^)=0 なので、次の式が成り立ちます。
∥y−Xβ∥2=∥y−Xβ^∥2+∥X(β^−β)∥2 ≥ ∥y−Xβ^∥2
等号は X(β^−β)=0 のときだけです。X の列が線形独立なら、これは β=β^ を意味するので、最小点はただ1つです。
次に、誤差分散の不偏推定量を証明しましょう。H=X(X⊤X)−1X⊤ を ハット行列 と呼びます。y^=Hy で、H は X の列空間への射影です。
【ハット行列の性質】
- 対称で、H2=H(影の影は同じ影)
- HX=X なので、(I−H)X=O
- trH=tr{(X⊤X)−1X⊤X}=p
残差平方和は、RSS=y⊤(I−H)y=ε⊤(I−H)ε です。スカラーをトレースとして扱うと、次のように計算できます。
E[RSS]=tr{(I−H)E[εε⊤]}=σ2tr(I−H)=σ2(n−p)
したがって、s2=RSS/(n−p) は σ2 の不偏推定量です。正規分布の仮定は使っていません。
例えば、定数だけのモデルなら p=1 で、RSS=∑i(yi−yˉ)2 です。不偏分散の分母が n−1 である理由は、tr(I−H)=n−1 だったのです。
例題:制約のある最小二乗法
三角形の内角 θ1,θ2,θ3(和は180度)を別々に測り、測定値 y1,y2,y3 を得た。測定誤差は互いに無相関で、平均0、分散 σ2 とする。(1) 最小二乗推定量を導け。(2) y=(61,59,63) のときの値を求めよ。(3) V[θ^1] を求めよ。
【答案】
- 制約 ∑jθj=180 のもとで ∑j(yj−θj)2 を最小にする。ラグランジュ乗数 κ を使い、Q=∑j(yj−θj)2+2κ(∑jθj−180) とおく
- ∂Q/∂θj=0 より θj=yj−κ である。制約に代入すると、κ=(∑jyj−180)/3 である
- 目的関数は狭義の凸関数で制約は線形なので、この停留点が最小点である。θ^j=yj−(∑lyl−180)/3 となる
- 値は、∑jyj=183 より κ=1 で、θ^=(60,58,62) である
- θ^1=(2y1−y2−y3+180)/3 なので、V[θ^1]=(4+1+1)σ2/9=2σ2/3 である
答えは (60, 58, 62) で、分散は 2σ2/3 です。合計のズレ3度を、3つの角に1度ずつ配る形になりました。「和は180度」という知識を使うだけで、分散は σ2 から3分の2に減ります。
以上が、最小二乗法についての説明です。
線形推定(BLUE):分散最小を導く
続いて、線形推定について解説します。
観測値の線形結合 ∑iaiYi で表される推定量を、線形推定量 と呼びます。線形推定量の中で、不偏で分散が最小のものが 最良線形不偏推定量(BLUE) です。必要な仮定は、平均と分散の構造だけです。1つずつ見ていきましょう。
1. 精度の違う測定をまとめる
同じ量 μ を、精度の違う方法で測ったとします。友達の意見を聞くとき、信頼できる人の話ほど重く聞きますよね。その重みを計算で決めます。
X1,…,Xn は無相関で、E[Xi]=μ、V[Xi]=σi2(既知)とします。T=∑iaiXi が不偏であるには、∑iai=1 が必要です。分散 ∑iai2σi2 の下限は、コーシー・シュワルツの不等式で出ます。
1=(i∑ai)2=(i∑aiσi⋅σi1)2≤(i∑ai2σi2)(i∑σi21)
したがって V[T]≥1/∑i(1/σi2) で、等号は aiσi が 1/σi に比例するときに成り立ちます。
ai=∑j1/σj21/σi2,V[T]=∑j1/σj21
重みは分散の逆数に比例します。例えば、分散1の体重計と分散4の体重計で測って、50.0kgと52.5kgだったとします。重みは0.8と0.2で、BLUE の値は 0.8×50+0.2×52.5=50.5kg、分散は0.8です。単純な平均の分散は (1+4)/4=1.25 で、BLUE の約1.56倍です。
2. ガウス・マルコフの定理を線形結合で証明する
線形模型 y=Xβ+ε、E[ε]=0、V[ε]=σ2I で、c⊤β を推定します。準1級では行列 D を使って証明しました。ここでは、さきほどの直交分解を使います。
【証明】
- a⊤y が不偏であるとは、すべての β で a⊤Xβ=c⊤β となること、すなわち X⊤a=c である
- a0=X(X⊤X)−1c とおくと、X⊤a0=c で、a0⊤y=c⊤β^ である
- d=a−a0 は X⊤d=0 を満たす。a0 は X の列の線形結合なので、a0⊤d=0 である
- したがって V[a⊤y]=σ2∥a∥2=σ2(∥a0∥2+∥d∥2)≥σ2∥a0∥2=V[c⊤β^] である
ここでもピタゴラスの定理が活躍しました。余分な成分 d は、分散を増やすだけで何も得をしません。
3. 分散が等しくないとき
誤差の分散共分散行列が σ2V(V は既知の正定値行列)のときはどうでしょうか? V=PP⊤ と分解して、モデル全体に P−1 を掛けます。すると誤差の分散が σ2I になるので、ガウス・マルコフの定理が使えます。結果は次の 一般化最小二乗法 です。
β^G=(X⊤V−1X)−1X⊤V−1y,V[β^G]=σ2(X⊤V−1X)−1
具体的に見てみましょう。原点を通る回帰 yi=βxi+εi で、V[εi]=σ2xi(xi>0)とします。V=diag(xi) を入れると、β^G=∑iyi/∑ixi です。合計の比という、とても素朴な推定量が BLUE だったのです。
x=1,2,3 なら、分散は σ2/6≈0.167σ2 です。通常の最小二乗推定量 ∑ixiyi/∑ixi2 の分散は σ2∑ixi3/(∑ixi2)2=36σ2/196≈0.184σ2 で、確かに負けています。なお、1つ目の精度の違う測定は、X=1 の場合にあたります。
試験のポイント:BLUE の「最良」は、線形かつ不偏な推定量の中での話です。誤差の分布を仮定せず、平均と分散の構造だけで証明できる点が強みです。
以上が、線形推定についての解説です。
その他の手法:道具箱の残りを開ける
最後に、その他の手法を見ていきましょう。
ここまでの方法が使えない場面でも、推定は必要です。工具箱に金づちしかないと、ネジは回せませんよね。代表的な道具を4つ紹介します。
【その他の手法】
- 分位点法: 母集団と標本の分位点をそろえる
- 最小カイ二乗法: 度数のズレを最小にする
- M推定: 外れ値の影響を抑えた方程式を解く
- ベイズ推定: 事前の知識とデータを合わせる
1つずつ見ていきましょう。
1. 分位点法
モーメントの代わりに、分位点をそろえる方法です。モーメントが存在しない分布でも使えます。
例えば、コーシー分布(位置 θ、尺度 γ)は期待値が存在しないので、モーメント法は使えません。しかし、中央値は θ で、四分位数は θ±γ です。標本の第1四分位数が2、中央値が5、第3四分位数が8なら、θ~=5、γ~=(8−2)/2=3 です。
2. 最小カイ二乗法
度数データで、観測度数 Oj と期待度数 Ej(θ) のズレを最小にする方法です。
χ2(θ)=j∑Ej(θ){Oj−Ej(θ)}2
前回の遺伝子型の例(度数 30, 50, 20)で最小点を数値で求めると約0.55で、最尤推定値とほぼ同じ値になります。一般に、最小カイ二乗推定量は最尤推定量と漸近的に同等です。
3. M推定
∑iψ(xi−θ)=0 の解を推定値とする方法です。最尤法を一般化したもので、ψ の選び方で性格が変わります。
【ψ の選び方】
- ψ(u)=u: 標本平均
- ψ(u)=sign(u): 標本中央値
- ψ(u)=max{−k,min(u,k)}: ハンバーの推定量
ハンバーの推定量は、1人の発言力に上限 k を設ける議長のようなものです。例えば、データ 1, 2, 3, 4, 20 に k=3 を使いましょう。20だけが上限に当たると考えて、(1−θ)+(2−θ)+(3−θ)+(4−θ)+3=0 を解くと、θ=3.25 です。このとき、他の4個の差はすべて3以内で、20との差は3を超えるので、仮定と合っています。平均の6と中央値の3の間で、外れ値に振り回されない値になりました。
漸近分散は E[ψ2]/(E[ψ′])2 を n で割った値です。ψ(u)=−dudlogf(u) とすると、位置母数の最尤推定量に一致します。
4. ベイズ推定
母数に事前分布を置き、事後分布の平均などを推定値とする方法です。例えば、p の事前分布を Beta(a,b) とすると、n 回中 x 回の成功を見たあとの事後平均は (a+x)/(a+b+n) です。a=b=1、n=10、x=3 なら 4/12=1/3 で、最尤推定値の0.3より、事前の平均0.5に少し引き寄せられます。詳しくはベイズ法の記事で扱います。
ここまでの方法を整理しましょう。
| 方法 | 必要な仮定 | 強み | 弱み |
|---|
| 最尤法 | 分布の形 | 漸近的に最良 | 分布を間違えると弱い |
| モーメント法 | モーメントの式 | 手軽 | 効率が落ちる。ありえない値も出る |
| 最小二乗法・BLUE | 平均と分散の構造 | 分布の仮定が不要 | 線形不偏の中でのみ最良 |
| 分位点法 | 分位点の式 | モーメントが不要 | 効率が落ちる |
| M推定 | ψ の選択 | 外れ値に強い | 計算が要る |
以上が、その他の手法についての解説です。
細かい手法を忘れてしまっても問題ありません。ここでは、「仮定が少ないほど使える場面は広く、仮定が多いほど精度は高い」という点だけ押さえておきましょう。
今回のまとめ
それでは、今回の内容を振り返ります。
今回は、最尤法以外の推定法について紹介しました。目測の職人さんのモーメント法、垂線を下ろす最小二乗法、分散の逆数で重みをつける BLUE と、それぞれ必要な仮定が違います。問題文がどこまで仮定しているかを読むことが、方法を選ぶ第一歩です。
今回のポイントを振り返りましょう。
振り返り
- モーメント推定量の性質は、大数の法則とデルタ法で調べる。最尤推定量より効率が落ちることが多い。
- 最小二乗法の最小性は直交分解で示せる。tr(I−H)=n−p が s2 の分母の理由である。
- 精度の違う測定の BLUE は、分散の逆数に比例する重みの平均である。
- ガウス・マルコフの定理も、余分な成分が直交することから示せる。分散が等しくなければ一般化最小二乗法を使う。
- 分位点法、最小カイ二乗法、M推定、ベイズ推定は、最尤法が使いにくい場面の道具である。
キーワードのおさらい
- モーメント法: 標本モーメントと母集団のモーメントを等しいとおいて母数を解く方法
- 最小二乗法: 残差の2乗和を最小にする方法
- 線形推定(BLUE): 観測値の線形結合による推定。その中で不偏かつ分散最小のものが最良線形不偏推定量
- ハット行列: y を予測値へ写す射影行列 X(X⊤X)−1X⊤
- 一般化最小二乗法: 誤差の共分散行列の逆行列で重みをつける最小二乗法
- その他の手法: 分位点法、最小カイ二乗法、M推定、ベイズ推定など
- M推定: ∑iψ(xi−θ)=0 の解を推定値とする方法
さて、推定量の作り方がそろいました。では、できあがった推定量が「よい」ことは、どうやって証明すればよいのでしょうか?
次回は、不偏性、一致性、十分性、有効性を数学的に立証する方法について紹介します。
それでは、次の記事へ進んでいきましょう。