はじめに
「中心極限定理は使ってきた。でも、なぜ元の分布が何でも正規分布になるの?」
準1級までは、定理の結果を使って確率を近似してきました。しかし、サイコロでも、待ち時間でも、歪んだ分布でも、足していくと同じ釣り鐘の形になるというのは、よく考えると不思議な話です。
例えば、合唱を思い浮かべてください。1人ずつの声には、高さや響きに強い癖があります。ところが100人が同時に歌うと、個人の癖は打ち消し合って、全体の響きだけが残ります。
実は、この現象の証明は長くありません。前回までに準備したキュムラント母関数をテイラー展開すれば、数行で終わります。3次以降の項、つまり分布の癖が、n の中で消えていくのが式で見えます。
そこで登場するのが、今回の主役 大数の弱法則 と 中心極限定理 です。
前回の記事では、変数変換で分布を厳密に導きました。今回の記事では、厳密な分布が求まらないときの武器として、2つの極限定理の証明と、二項分布の正規近似とポアソン近似 の導出について解説します。
大数の弱法則:不等式から証明する
はじめに、大数の弱法則の証明について解説します。
準1級で学んだ確率収束を思い出しましょう。どんな ε>0 についても P(∣Xn−c∣≥ε)→0 となることでした。これを示すには、分布を知らなくても確率を上から押さえられる道具が必要です。
それが マルコフの不等式 です。X≥0、a>0 のとき、次の式が成り立ちます。
P(X≥a)≤aE[X]
証明は1行です。いつでも a1{X≥a}≤X なので、両辺の期待値をとります。例えば、平均点30点のクラスで、90点以上の人は多くても3分の1です。それより多いと、平均が30点を超えてしまいますよね。
(X−μ)2 にこの不等式を使うと、チェビシェフの不等式 が出ます。
P(∣X−μ∣≥ε)=P((X−μ)2≥ε2)≤ε2σ2
これで準備が整いました。大数の弱法則 は、X1,X2,… が独立に平均 μ、分散 σ2<∞ の分布に従うとき、標本平均 Xˉn が μ に確率収束するという定理です。
証明は、V[Xˉn]=σ2/n をチェビシェフの不等式に入れるだけです。
P(∣Xˉn−μ∣≥ε)≤nε2σ2⟶0
この不等式は、必要な標本の大きさも教えてくれます。例えば、未知の確率 p のコインで、標本比率の誤差が0.05以上になる確率を0.05以下にしたいとします。σ2=p(1−p)≤1/4 なので、n×0.0521/4≤0.05 より n≥2000 です。
一方、後で学ぶ正規近似なら、1.96×0.5/n≤0.05 より n≥385 です。チェビシェフの不等式は、どんな分布にも使える代わりに、かなり余裕のある答えを返します。
証明を見ると、独立性を使ったのは V[Xˉn]→0 のところだけです。逆に、前提が崩れると定理も崩れます。標準コーシー分布は特性関数が e−∣t∣ で、Xˉn の特性関数は (e−∣t/n∣)n=e−∣t∣ です。つまり、何個平均しても、Xˉn の分布は1個のときと同じなのです。期待値が存在しないので、近づく先もありません。
補足(ここは読み飛ばしてOK):
分散が無限でも、期待値が有限で独立に同じ分布に従えば、大数の弱法則は成り立ちます。この場合は、特性関数を使って証明します。
例題:隣どうしだけ相関があるとき
X1,X2,… は平均 μ、分散 σ2 で、Cov[Xi,Xi+1]=ρσ2、∣i−j∣≥2 なら無相関とする。〔1〕V[Xˉn] を求めよ。〔2〕Xˉn が μ に確率収束することを示せ。〔3〕どの2つの相関も ρ>0 のとき、同じ証明が使えない理由を述べよ。
【解答】
〔1〕隣り合う組は n−1 個あるので、V[∑iXi]=nσ2+2(n−1)ρσ2 である。n2 で割って、次を得る。
V[Xˉn]=nσ2(1+2ρnn−1)
〔2〕チェビシェフの不等式より、次のとおり確率収束する。
P(∣Xˉn−μ∣≥ε)≤nε2σ2(1+2∣ρ∣)⟶0
〔3〕V[Xˉn]=nσ2{1+(n−1)ρ}→σ2ρ>0 となり、上界が0に収束しないからである。
要するに、大数の法則に必要なのは独立性そのものではなく、「遠くどうしの相関が消えること」です。
以上が、大数の弱法則についての解説です。
中心極限定理:母関数で証明する
次に、中心極限定理の証明について説明します。
中心極限定理 は、X1,X2,… が独立に平均 μ、分散 σ2(0<σ2<∞)の分布に従うとき、次の分布収束が成り立つという定理です。
Zn=σn(Xˉn−μ)dN(0,1)
証明には、もう1つの定理を引用します。連続性定理 です。0 の近くのすべての t で MZn(t)→MZ(t) なら、Zn は Z に分布収束します。母関数の一意性の、極限版だと思ってください。
ここでは、Xi にモーメント母関数が存在する場合を証明します。
【中心極限定理の証明】
- Yi=(Xi−μ)/σ とおくと E[Yi]=0、V[Yi]=1 で、Zn=∑iYi/n である
- Yi のキュムラント母関数を K(s) とする。独立だから logMZn(t)=nK(t/n) である
- K(0)=0、K′(0)=0、K′′(0)=1 より、s→0 で K(s)=s2/2+o(s2) である
- s=t/n を代入すると nK(t/n)=t2/2+n⋅o(1/n)→t2/2 である
- et2/2 は N(0,1) のモーメント母関数だから、連続性定理より結論を得る
手順3がポイントです。K の展開で、元の分布の情報は平均と分散だけが2次までに入っています。3次の項は κ3s3/6 で、これは手順4で次のようになります。
n×6κ3⋅n3/2t3=6nκ3t3⟶0
分布の癖は、1/n の速さで消えるのです。合唱で、人数が増えるほど個人の癖が埋もれるのと同じです。分布の特性値の記事で見た「和の歪度は 1/n 倍になる」は、この式と同じことを言っています。
例えば、指数分布の歪度は2なので、30個の和の歪度は 2/30≈0.37 です。まだ右に少し歪んでいます。「n≥30 なら大丈夫」という目安は、元の分布が強く歪んでいると当てになりません。
補足(ここは読み飛ばしてOK):
モーメント母関数が存在しなくても、特性関数で同じ展開をすれば、分散が有限なら定理は成り立ちます。分散が無限のコーシー分布では、定理は成り立ちません。
例題:ポアソン分布の標準化
Xλ∼Po(λ) とし、Zλ=(Xλ−λ)/λ とする。λ→∞ のとき、Zλ が N(0,1) に分布収束することを、モーメント母関数を用いて示せ。
【解答】
Xλ のモーメント母関数は exp(λ(et−1)) である。MaX+b(t)=ebtMX(at) を用いると、次を得る。
logMZλ(t)=−tλ+λ(et/λ−1)
eu=1+u+u2/2+u3/6+⋯ に u=t/λ を代入すると、右辺は次のようになる。
−tλ+tλ+2t2+6λt3+⋯⟶2t2
よって MZλ(t)→et2/2 で、連続性定理より結論を得る。
試験のポイント:極限の証明では「母関数の極限を計算する」だけで終わらせず、「連続性定理より」と結論を書きます。λ が整数でなくても使える点で、再生性による説明より一般的です。
以上が、中心極限定理の証明についての説明です。
二項分布の正規近似とポアソン近似
最後に、二項分布の2つの近似を見ていきましょう。
同じ二項分布でも、p が一定のままなら正規分布に、np が一定のままならポアソン分布に近づきます。1つずつ見ていきましょう。
1. 正規近似と連続修正
X∼B(n,p) はベルヌーイ分布の和なので、中心極限定理から (X−np)/npq は N(0,1) に分布収束します。ただし、q=1−p です。
ここで問題があります。X は整数しかとらないのに、正規分布は連続です。棒グラフの棒を、なめらかな曲線の下の面積で置きかえることを考えてください。P(X=k) の棒の幅は、k−0.5 から k+0.5 までです。したがって、境目を0.5ずらすのが自然です。これが 連続修正 です。
P(a≤X≤b)≈Φ(npqb+0.5−np)−Φ(npqa−0.5−np)
具体的に見てみましょう。X∼B(50,0.4) の P(X≤15) です。平均20、分散12です。
| 計算法 | 式 | 値 |
|---|
| 正確な値 | 二項分布の和 | 0.0955 |
| 連続修正なし | Φ((15−20)/12) | 0.0745 |
| 連続修正あり | Φ((15.5−20)/12) | 0.0970 |
0.5ずらすだけで、誤差が10分の1以下になりました。
2. ポアソン近似と少数法則
次は、n が大きく p が小さい場合です。npn→λ のとき、B(n,pn) の確率母関数の極限を計算します。
Gn(s)={1+pn(s−1)}n={1+nnpn(s−1)}n⟶eλ(s−1)
右辺は Po(λ) の確率母関数です。確率母関数の収束から、それぞれの確率の収束が言えます。これが 少数法則 で、起こりにくい出来事を多数の試行で数えると、ポアソン分布に近づくという定理です。宝くじの高額当選者の数や、1日の交通事故の件数が、その例です。
例えば、X∼B(200,0.01) と Po(2) を比べると、P(X=2) は0.2720と0.2707、P(X≤2) はともに0.6767です。
補足(ここは読み飛ばしてOK):
p が試行ごとに違っても、少数法則は成り立ちます。独立なベルヌーイ変数の和とポアソン分布の分布の差は、ル・カムの不等式により ∑ipi2 で押さえられます。
【2つの近似の使い分け】
- 正規近似: np と nq がどちらも大きい(目安は5以上)。連続修正を付ける
- ポアソン近似: n が大きく p が小さい。λ=np とする
例題:不良品の個数
不良率2%の製品について、次の確率を近似せよ。〔1〕150個の中に不良品が5個以上ある確率を、ポアソン近似で求めよ。〔2〕2500個の中の不良品が40個以下である確率を、連続修正を用いた正規近似で求めよ。
【解答】
〔1〕λ=150×0.02=3 である。Po(3) より、次を得る。
P(X≥5)=1−e−3(1+3+29+29+827)≈0.185
〔2〕np=50、npq=49=7 である。連続修正により z=(40.5−50)/7≈−1.36 で、Φ(−1.36)≈0.087 である。
正確な値は、〔1〕が0.183、〔2〕が0.084です。答案では、どの近似をなぜ使ったかを1行添えましょう。
以上が、二項分布の正規近似とポアソン近似についての解説です。
細かい部分が分からなかったとしても問題ありません。ここでは、「分散で押さえるのが大数の法則、キュムラントの2次で止めるのが中心極限定理」という点だけ押さえておきましょう。
今回のまとめ
それでは、今回の内容を振り返ります。
今回は大数の弱法則と中心極限定理の証明、そして二項分布の2つの近似を紹介しました。100人の合唱で個人の癖が消えるように、和をとると分布の癖は 1/n の速さで消えて、平均と分散だけが残ります。
今回のポイントを振り返りましょう。
振り返り
- マルコフの不等式からチェビシェフの不等式が出て、大数の弱法則はその1行の応用である。
- 大数の法則には V[Xˉn]→0 が効いている。コーシー分布では成り立たない。
- 中心極限定理は、キュムラント母関数の展開と連続性定理で証明できる。
- 二項分布は、np が大きければ連続修正つきの正規近似、p が小さければポアソン近似を使う。
キーワードのおさらい
- 大数の弱法則: 標本平均が母平均に確率収束するという定理
- 中心極限定理: 標準化した標本平均が N(0,1) に分布収束するという定理
- 二項分布の正規近似とポアソン近似: B(n,p) を N(np,npq) か Po(np) で近似すること
- 少数法則: np を一定にして n→∞ とすると、二項分布がポアソン分布に近づくという定理
- 連続修正: 離散型を連続型で近似するとき、境目を0.5ずらす補正
- チェビシェフの不等式: 分散だけで裾の確率を上から押さえる不等式
- 連続性定理: 母関数の収束から分布収束を導く定理
さて、極限の道具がそろいました。ここからは、個々の分布を数理的に見直していきます。二項分布もポアソン分布も、期待値や分散をもっと楽に導く方法があるのでしょうか?
次回は、離散型分布について紹介します。
それでは、次の記事へ進んでいきましょう。