はじめに
「t分布の密度関数って、いったいどこから出てくるの?」
準1級までは、t分布、カイ二乗分布、F分布の式を、できあがったものとして使ってきました。お店で買ってきたカレールーのようなものです。ルーがあれば、おいしいカレーはすぐに作れますよね。
でも、1級の論述では「スパイスから作ってください」と言われます。「この統計量が自由度 n−1 のt分布に従うことを示せ」「密度を導け」という問題です。表を引けるだけでは、答案を1行も書けません。
実は、3つの分布の導出は、どれも同じ型でできています。独立な変数の同時密度を書き、変数変換でヤコビアンを掛け、いらない変数を積分で消す。たったこれだけです。
そこで登場するのが、今回の主役 標本分布 です。標本分布とは、統計量が従う確率分布のことです。
前回の記事では、ガンマ分布やベータ分布などの連続型分布を学びました。今回の記事では、その道具を使ってカイ二乗分布、t分布、F分布を導き、正規母集団の基本定理を証明して、推測への応用までを解説します。
カイ二乗分布:モーメント母関数で導く
はじめに、3つの分布の土台であるカイ二乗分布の導出について解説します。
カイ二乗分布 χ2(k) は、独立な標準正規変数の2乗和 W=Z12+⋯+Zk2 の分布でした。準1級では、これが形状 k/2、尺度2のガンマ分布だと確かめました。答案では、この事実を定義の積分から示します。
E[etZ2]=∫−∞∞2π1e−(1−2t)z2/2dz=(1−2t)−1/2(t<21)
積分の中は、分散 1/(1−2t) の正規密度の定数倍です。正規密度の積分が1であることを使えば、積分そのものを計算しなくても値が出ます。独立な変数の和のモーメント母関数は積なので、W のモーメント母関数は (1−2t)−k/2 です。これはガンマ分布のものと一致するので、一意性から密度が決まります。
fW(w)=2k/2Γ(k/2)wk/2−1e−w/2(w>0)
料理で言うと、この式は「だし」です。t分布もF分布も、このだしから作ります。
次に、モーメントの一般式を作っておきましょう。これが後で何度も効きます。r>−k/2 のとき、次の式が成り立ちます。
E[Wr]=2k/2Γ(k/2)1∫0∞wk/2+r−1e−w/2dw=Γ(k/2)2rΓ(k/2+r)
積分はガンマ関数そのものなので、すぐに片づきます。r に値を入れてみましょう。
【モーメントの一般式の使い方】
- r=1: E[W]=k
- r=2: E[W2]=k(k+2) なので、V[W]=2k
- r=−1: E[1/W]=1/(k−2)(k>2)
- r=1/2: E[W]=2Γ(2k+1)/Γ(2k)
4つ目の具体例を見てみましょう。正規母集団では S=σW/(n−1)(W∼χ2(n−1))と書けます。n=5 なら、E[S]=σ×2Γ(2)2Γ(5/2)≈0.940σ です。つまり、S2 は σ2 の不偏推定量でも、S は σ の不偏推定量ではありません。
例題:指数分布の和とカイ二乗分布
X1,…,Xn は独立で、密度 λe−λx(x>0)の指数分布に従う。(1) 2λ∑iXi∼χ2(2n) を示せ。(2) n=5、∑ixi=20 のとき、λ の95%信頼区間を求めよ。ただし、χ2(10) の下側2.5%点は3.25、上側2.5%点は20.48とする。
【答案】
- Yi=2λXi のモーメント母関数は、E[e2λtX]=λ/(λ−2λt)=(1−2t)−1(t<1/2)である
- 独立性より、∑iYi のモーメント母関数は (1−2t)−n である。これは χ2(2n) のものと一致するので、一意性から(1)が示された
- (1)より P(3.25≤2λ∑iXi≤20.48)=0.95 である
- データを代入すると 3.25≤40λ≤20.48 で、0.081≤λ≤0.512 となる
答えは [0.081, 0.512] です。2λ∑iXi は未知の λ を含みますが、分布は λ によりません。このような量を ピボット と呼びます。
以上が、カイ二乗分布の導出についての解説です。
標本平均と標本分散の独立性を証明する
次に、正規母集団の基本定理を証明します。t分布を使う検定は、すべてこの定理の上に立っています。
【正規母集団の基本定理】
X1,…,Xn が独立に N(μ,σ2) に従うとき、次が成り立つ。
- Xˉ∼N(μ,σ2/n)
- (n−1)S2/σ2∼χ2(n−1)
- Xˉ と S2 は独立
準1級では「回転」のイメージで理解しました。答案では、回転を具体的に書きます。使うのは ヘルマート変換 です。n=3 なら、次の3本です。
Y1=3X1+X2+X3,Y2=2X1−X2,Y3=6X1+X2−2X3
一般に、第1行は (1/n,…,1/n) で、第 j 行(j≥2)は、先頭の j−1 個が 1、次が −(j−1)、残りが0のベクトルを長さ1にそろえたものです。どの2行も内積が0で、長さは1なので、直交行列 H になります。
イメージとしては、n 人の仕事の割り振り直しです。もともと全員が同じ仕事をしていた X1,…,Xn を、「平均係さん」1人と「ばらつき係さん」n−1 人に分け直します。分け直しても、仕事の総量は変わりません。
【証明】
- Y=HX とおく。H は直交行列なので、ヤコビアンの絶対値は1で、∥y∥=∥x∥ である
- X の同時密度は (2πσ2)−n/2exp{−∥x−μ1∥2/(2σ2)} である。H1=(n,0,…,0)⊤ なので、Y の同時密度は次の積の形になる
f(y)=2πσ21exp{−2σ2(y1−nμ)2}j=2∏n2πσ21exp(−2σ2yj2)
- よって Y1,…,Yn は独立で、Y1∼N(nμ,σ2)、Yj∼N(0,σ2)(j≥2)である
- Y1=nXˉ なので、Xˉ∼N(μ,σ2/n) である
- (n−1)S2=∑iXi2−nXˉ2=∑j=1nYj2−Y12=∑j=2nYj2 である
- したがって S2 は Y2,…,Yn だけの関数で、Y1 の関数である Xˉ と独立である。また、(n−1)S2/σ2=∑j≥2(Yj/σ)2∼χ2(n−1) である
n=2 で確かめてみましょう。Xˉ=(X1+X2)/2 で、S2=(X1−X2)2/2 です。つまり定理は、「正規変数の和と差は独立」と言っているだけです。
短く書くなら、別証もあります。(Xˉ,X1−Xˉ,…,Xn−Xˉ) は多変量正規分布に従い、Cov(Xˉ,Xi−Xˉ)=σ2/n−σ2/n=0 です。多変量正規分布では無相関と独立が同じなので、Xˉ は偏差の全体と独立です。S2 は偏差の関数なので、Xˉ と独立になります。
ただし、これは正規分布に特有の性質です。例えば、ベルヌーイ分布の標本で Xˉ=1 なら、全員が1なので S2=0 に決まります。Xˉ を知ると S2 が分かるのですから、独立ではありません。一般に Cov(Xˉ,S2)=μ3/n(μ3 は3次の中心モーメント)で、平均1の指数分布なら μ3=2 です。
補足(ここは読み飛ばしてOK):
逆も成り立ちます。独立な同一分布の標本で Xˉ と S2 が独立なら、その分布は正規分布に限られます。また、ヘルマート変換を一般化した、2乗和の分解についての定理をコクランの定理と呼びます。
以上が、基本定理の証明についての解説です。
t分布:補助変数を使って密度を導く
続いて、変数変換の型を使って、t分布の密度を導きます。
t分布 t(k) は、独立な Z∼N(0,1) と W∼χ2(k) から作る T=Z/W/k の分布でした。ここで問題が1つあります。変数は Z と W の2つなのに、作りたい量は T の1つです。これでは変換の前後で次元が合いません。
そこで、補助変数 を呼びます。U=W を足して2変数の変換にし、(T,U) の同時密度を出してから U を積分で消します。補助変数さんは、変換のときだけ手伝いに来て、仕事が終わったら帰ってもらう助っ人です。
例題:t分布の密度を導く
独立な Z∼N(0,1)、W∼χ2(k) について、T=Z/W/k の密度を導け。
【答案】
- (Z,W) の同時密度は、2π1e−z2/2⋅2k/2Γ(k/2)wk/2−1e−w/2(w>0)である
- t=z/w/k、u=w と変換する。逆変換は z=tu/k、w=u で、ヤコビアンは u/k である
- (T,U) の同時密度は次のとおりである
f(t,u)=Cu2k+1−1exp{−2u(1+kt2)},C=2πk2k/2Γ(k/2)1
- ∫0∞ua−1e−budu=Γ(a)/ba を a=(k+1)/2、b=(1+t2/k)/2 で使って u を積分すると、次の密度を得る
fT(t)=kπΓ(2k)Γ(2k+1)(1+kt2)−2k+1(−∞<t<∞)
k=1 を入れると 1/{π(1+t2)} で、コーシー分布になります。検算として便利なので、答案の余白で確かめましょう。
モーメントは、密度を積分しなくても、独立性とカイ二乗分布の一般式で求まります。
E[T2]=kE[Z2]E[1/W]=k−2k,E[T4]=k2E[Z4]E[W−2]=(k−2)(k−4)3k2
例えば k=6 なら、分散は1.5で、E[T4]=13.5 です。4次モーメントを分散の2乗で割ると 13.5÷2.25=6 となり、正規分布の3より大きいことが分かります。裾の厚さが、数字で確かめられました。
k→∞ の極限も、密度の極限より速い方法があります。大数の法則で W/k→1 に確率収束するので、スルツキーの補題から T→N(0,1) と分布収束します。
最後に、t分布と標本の関係です。Z=n(Xˉ−μ)/σ、W=(n−1)S2/σ2 とおくと、基本定理からこの2つは独立です。定義に入れると σ が消えて、n(Xˉ−μ)/S∼t(n−1) が示されます。
以上が、t分布の導出についての解説です。
F分布:ベータ分布を経由して導く
次に、F分布を導きます。t分布と同じ型ですが、途中で通るベータ分布の性質も大切なので、この経路で見ていきましょう。
F分布 F(k1,k2) は、独立な W1∼χ2(k1)、W2∼χ2(k2) から作る F=(W1/k1)/(W2/k2) の分布でした。まず、S=W1+W2、B=W1/(W1+W2) と変換します。
ケーキを2人で分ける場面を想像してください。S はケーキ全体の大きさ、B は1人目の取り分の割合です。実は、ガンマ分布ではこの2つが独立になります。
w1=bs、w2=(1−b)s のヤコビアンは s です。同時密度に代入すると、e−s/2 と s のべきの部分と、b の部分がきれいに分かれます。
f(b,s)=Beta(k1/2, k2/2)B(k1/2, k2/2)bk1/2−1(1−b)k2/2−1⋅χ2(k1+k2)2(k1+k2)/2Γ(2k1+k2)s(k1+k2)/2−1e−s/2
積に分かれたので、B と S は独立です。S の因数からは、カイ二乗分布の再生性も同時に出ています。
あとは1変数の変換です。F=k1k2⋅1−BB なので、b=k1x/(k1x+k2)、db/dx=k1k2/(k1x+k2)2 を代入して整理します。
fF(x)=B(k1/2, k2/2)1(k2k1)k1/2xk1/2−1(1+k2k1x)−(k1+k2)/2(x>0)
モーメントも、やはり独立性で求まります。E[Fr]=(k2/k1)rE[W1r]E[W2−r] に一般式を入れるだけです。
E[F]=k2−2k2,E[F2]=k1(k2−2)(k2−4)k22(k1+2)
例えば F(4,10) なら、E[F]=1.25、E[F2]=3.125 で、分散は 3.125−1.5625=1.5625 です。
また、定義の分子と分母を入れ替えると、1/F∼F(k2,k1) です。ここから、F分布の下側の点は表の上側の点の逆数で求まります。
F1−α(k1,k2)=Fα(k2,k1)1
Fα は上側 100α %点です。自由度の順番が入れ替わる点に注意しましょう。
以上が、F分布の導出についての解説です。
応用:部品からピボットを組み立てる
最後に、3つの分布を推測にどう使うかを見ていきましょう。
標本分布の答案は、組み立て家具に似ています。部品は「標準正規変数 Z」「カイ二乗変数 W」「2つが独立である根拠」の3つです。部品がそろえば、説明書どおりに組むだけです。
【標本分布の答案の型】
- 未知の母数を含む量を標準化して Z を作る
- 平方和を σ2 で割って W を作り、自由度を数える
- 独立である理由を1行書く
- t分布やF分布の定義に当てはめて、σ のようなじゃまな母数を消す
具体的に見てみましょう。等分散の正規2標本(大きさ m と n)で、μ1−μ2 を調べます。
Z=σ1/m+1/n(Xˉ−Yˉ)−(μ1−μ2),W=σ2(m−1)S12+(n−1)S22
W はカイ二乗分布の再生性から χ2(m+n−2) に従います。Xˉ,Yˉ,S12,S22 は基本定理と標本の独立性から互いに独立なので、Z と W も独立です。したがって、Sp2=Wσ2/(m+n−2) を合併分散として、次が言えます。
Sp1/m+1/n(Xˉ−Yˉ)−(μ1−μ2)∼t(m+n−2)
分子と分母の σ が消えたことがポイントです。せっかくなので、別の例も見てみましょう。分散の比なら、(S12/σ12)/(S22/σ22)∼F(m−1,n−1) です。定義にそのまま入れるだけで示せます。
例題:2つの指数分布の比
X1,…,Xn は率 λ1 の指数分布、Y1,…,Ym は率 λ2 の指数分布に従い、すべて独立とする。(1) λ1Xˉ/(λ2Yˉ)∼F(2n,2m) を示せ。(2) n=4、m=6、xˉ=30、yˉ=12 のとき、λ1/λ2 の95%信頼区間を求めよ。ただし F0.025(8,12)=3.51、F0.025(12,8)=4.20 とする。
【答案】
- 最初の例題より W1=2λ1∑iXi∼χ2(2n)、W2=2λ2∑jYj∼χ2(2m) で、2つの標本は独立なので W1 と W2 は独立である
- F分布の定義より、(W1/2n)/(W2/2m)=λ1Xˉ/(λ2Yˉ)∼F(2n,2m) である
- 下側の点は F0.975(8,12)=1/4.20≈0.238 である
- 0.238≤(λ1/λ2)×2.5≤3.51 を解いて、0.095≤λ1/λ2≤1.40 となる
答えは [0.095, 1.40] です。1を含むので、この区間からは2つの率が違うとは言えません。
試験のポイント:t分布やF分布に従うことを示す問題では、「独立である理由」が採点の分かれ目です。基本定理のどの部分を使ったかを、必ず1行書きましょう。
以上が、標本分布の応用についての解説です。
細かい定数を忘れてしまっても問題ありません。ここでは、「同時密度を書き、補助変数を足して変換し、積分で消す」という型だけ押さえておきましょう。
今回のまとめ
それでは、今回の内容を振り返ります。
今回は、カイ二乗分布、t分布、F分布を導き、正規母集団の基本定理を証明しました。3つの分布は、覚える公式ではなく、正規分布から変数変換で作り出せるものです。ルーの中身が分かれば、どんな味付けの問題が来ても対応できます。
今回のポイントを振り返りましょう。
振り返り
- カイ二乗分布はモーメント母関数で導ける。E[Wr]=2rΓ(k/2+r)/Γ(k/2) が万能の道具になる。
- 基本定理は、ヘルマート変換で「平均係さん」と「ばらつき係さん」に分けて証明する。
- t分布は補助変数を足して変換し、積分で消して導く。
- F分布はベータ分布を経由して導ける。全体の大きさと取り分の割合は独立になる。
- 答案では Z、W、独立性の根拠の3部品をそろえて、定義に当てはめる。
キーワードのおさらい
- 標本分布: 統計量が従う確率分布
- カイ二乗分布: 独立な標準正規変数の2乗和の分布。形状 k/2、尺度2のガンマ分布
- t分布: Z/W/k の分布。Z と W は独立
- F分布: (W1/k1)/(W2/k2) の分布。W1 と W2 は独立
- ヘルマート変換: 第1行が標本平均に対応する直交変換
- ピボット: 未知の母数を含むが、分布が母数によらない量
さて、ここまでは統計量の分布を調べてきました。では、どんな統計量を作れば、データの情報を失わずに済むのでしょうか?
次回は、十分統計量の定義と分解定理の証明、そして順序統計量について紹介します。
それでは、次の記事へ進んでいきましょう。