はじめに
「『十分統計量である』って、答案にはどう書けばいいの?」
準1級では、分解定理を使って十分統計量を見つけました。同時密度を2つの因数に分ければ終わりなので、手順は難しくありません。でも、1級の論述ではもう一歩先まで問われます。「分解定理を証明せよ」「この統計量は十分でないことを示せ」という問題です。
引っ越しの荷造りを想像してください。段ボールに入れた荷物だけを運び、残りは処分します。処分してよいと言い切るには、「残った物の中に大事な物が1つもない」と確かめなければいけませんよね。統計量も同じで、データを要約して捨てる以上、捨てた部分に母数の情報がないことを証明する必要があります。
実は、この証明の核心はたった1つです。条件つき確率の中で、母数が約分されて消えるかどうかを見るだけなのです。定理の証明も、十分でないことの証明も、同じ計算でできています。
そこで登場するのが、今回の主役 ネイマンの分解定理 です。もう1つ、標本を並べ替えて見る 順序統計量 も主役です。
前回の記事では、統計量の分布を導きました。今回の記事では、十分統計量の立証の仕方、分解定理の証明、そして順序統計量の分布の導出について解説します。
十分統計量:定義から立証する
はじめに、定義を使って十分性を確かめる手順について解説します。
十分統計量 とは、T=t を与えたときの標本の条件つき分布が、母数 θ によらない統計量 T のことでした。準1級では、ベルヌーイ分布とポアソン分布の離散型で確かめました。1級では、2つの場面に踏み込みます。連続型の場合と、十分でないことを示す場合です。1つずつ見ていきましょう。
1. 連続型の場合
連続型では P(T=t)=0 なので、条件つき確率ではなく条件つき密度で考えます。具体的に見てみましょう。X1,X2 が独立に率 λ の指数分布に従うとき、T=X1+X2 は十分統計量です。
(x1,x2) を (x1,t)(t=x1+x2)に変換すると、ヤコビアンは1です。また、T はガンマ分布に従います。
fX1,T(x1,t)=λ2e−λt(0<x1<t),fT(t)=λ2te−λt
割り算をすると、λ2e−λt が約分されて消えます。
fX1∣T(x1∣t)=t1(0<x1<t)
T=t を与えると、X1 は (0,t) の一様分布です。λ はどこにもありません。
これは大切な意味をもちます。2日分の売上の合計だけを聞いて、内訳は忘れてしまったとしましょう。それでも、合計 t を一様乱数で切り分ければ、もとのデータと同じ分布の内訳を作り直せます。つまり、内訳は「λ を知らなくても再現できるもの」なので、捨てても何も失いません。
2. 十分でないことを示す場合
逆に、十分でないことを示すには、条件つき確率が θ に依存する点を1つ見つければ足ります。全部を調べる必要はありません。
例題:十分統計量でないことを示す
X1,X2 は独立に平均 λ のポアソン分布に従う。T=X1+2X2 は λ の十分統計量でないことを示せ。
【答案】
- T=2 となる (x1,x2) は、(2,0) と (0,1) の2通りである
- それぞれの確率は、P(2,0)=e−2λλ2/2、P(0,1)=e−2λλ である
- したがって、次の式を得る
P((X1,X2)=(0,1)∣T=2)=λ2/2+λλ=λ+22
- これは λ に依存する(λ=1 なら 2/3、λ=2 なら 1/2)。よって T は十分統計量でない
T=2 と聞いただけでは、「0回と1回」なのか「2回と0回」なのかが分からず、その見分けに λ の情報が残っているのです。
以上が、十分統計量の立証についての解説です。
ネイマンの分解定理:証明と使い方
次に、ネイマンの分解定理 を証明します。フィッシャー・ネイマンの分解定理とも呼ばれます。
【ネイマンの分解定理】
T(x) が θ の十分統計量であるための必要十分条件は、同時確率関数(密度)が次の形に書けることである。
f(x;θ)=g(T(x);θ)h(x)
イメージは関所です。θ がデータに会いに行くには、必ず T という関所を通らなければいけません。関所の外の h には θ が入ってこないので、T を押さえれば θ の動きはすべて分かります。
1. 離散型の証明
離散型と連続型に分けて、1つずつ見ていきましょう。まずは離散型です。必要性と十分性を分けて書きます。
【証明】
- (必要性)T が十分統計量とする。t=T(x) とおくと、f(x;θ)=Pθ(T=t)P(X=x∣T=t) である
- 第1因数を g(t;θ) とする。第2因数は十分性より θ によらないので、h(x) とおける
- (十分性)分解を仮定する。Pθ(T=t)=∑y:T(y)=tg(t;θ)h(y)=g(t;θ)∑y:T(y)=th(y) である
- T(x)=t かつ Pθ(T=t)>0 のとき、次の式が成り立つ
P(X=x∣T=t)=g(t;θ)∑y:T(y)=th(y)g(t;θ)h(x)=∑y:T(y)=th(y)h(x)
- 右辺は θ を含まない。T(x)=t のときの条件つき確率は0なので、やはり θ によらない
ここがポイントです。手順3で、T(y)=t の範囲では g が定数になるので、和の外に出せます。これが約分の正体です。
2. 連続型の証明
連続型では、前回の記事の補助変数さんに再び来てもらいます。x と (t,v) が1対1に対応するように補助変数 V を足し、ヤコビアンを J(t,v) とします。分解を仮定すると、次のようになります。
fT,V(t,v;θ)=g(t;θ)h(x(t,v))∣J(t,v)∣
v で積分すれば fT(t;θ)=g(t;θ)∫h∣J∣dv です。割り算をすると g が約分され、V の条件つき密度は h∣J∣/∫h∣J∣dv となって、θ が消えます。逆向きは、fT,V=fT⋅fV∣T の右辺を ∣J∣ で割り、もとの変数に戻すだけです。
補足(ここは読み飛ばしてOK):
上の証明は、1対1の滑らかな変換がとれる場合のものです。完全に一般の場合は測度論の道具を使います。試験では、離散型の証明と連続型の考え方を書ければ十分です。
3. 分解定理の使い方
具体例を3つ見てみましょう。どれも準1級より一歩進んだ例です。
【分解定理の適用例】
- U(θ1,θ2): 同時密度は (θ2−θ1)−n1{θ1≤x(1)}1{x(n)≤θ2} なので、(X(1),X(n)) が十分統計量
- 形状 α、率 β のガンマ分布: 同時密度は {βα/Γ(α)}n(∏ixi)α−1e−β∑ixi なので、(∏iXi,∑iXi) が十分統計量
- U(θ,θ+1): 同時密度は 1{θ≤x(1)}1{x(n)≤θ+1} なので、(X(1),X(n)) が十分統計量
3つ目に注目してください。母数は1つなのに、十分統計量は2次元です。母数の数と十分統計量の次元は、一致するとは限りません。
一般に、f(x;θ)=h(x)c(θ)exp{∑j=1mηj(θ)tj(x)} の形の 指数型分布族 では、同時密度が {∏ih(xi)}c(θ)nexp{∑jηj(θ)∑itj(xi)} となります。したがって、(∑it1(Xi),…,∑itm(Xi)) が十分統計量です。密度をこの形に書き直せたら、分解は終わったも同然です。
では、どこまで小さく要約できるのでしょうか? 任意の十分統計量の関数として書ける十分統計量を、最小十分統計量 と呼びます。判定には、次の基準が便利です。
f(y;θ)f(x;θ) が θ によらない⟺T(x)=T(y)
これが成り立つ T は、最小十分統計量です。例えば、ベルヌーイ分布では比が {p/(1−p)}∑ixi−∑iyi なので、p によらないのは ∑ixi=∑iyi のときだけです。したがって、当たりの回数が最小十分統計量です。
例題:2母数の指数分布の十分統計量
密度 f(x;a,b)=b1e−(x−a)/b(x≥a、b>0)からの大きさ n の標本について、(a,b) の十分統計量を求めよ。a が既知のとき、b が既知のときはどうなるかも述べよ。
【答案】
- 同時密度は、指示関数を使って次のように書ける
i=1∏nf(xi;a,b)=b−nexp{−b∑ixi−na}1{x(1)≥a}
- 右辺全体が x(1) と ∑ixi と母数の関数である。h(x)=1 として、分解定理より (X(1),∑iXi) が十分統計量である
- a が既知なら、指示関数は未知の b を含まないので h に入り、∑iXi が十分統計量である
- b が既知なら、e−∑ixi/b が h に入り、X(1) が十分統計量である
答えは順に (X(1),∑iXi)、∑iXi、X(1) です。何が未知かで、関所の場所が変わります。
試験のポイント:どの因数が g でどの因数が h かを、答案に明示しましょう。範囲が母数で決まるときは、指示関数を必ず書きます。
以上が、ネイマンの分解定理についての解説です。
順序統計量:分布を導く
最後に、順序統計量の分布の導出を見ていきましょう。
順序統計量 とは、標本を小さい順に並べ替えた X(1)≤⋯≤X(n) でした。運動会の徒競走で、ゴールした順に並び直した列だと思ってください。以下、母集団は連続型で、分布関数を F、密度を f とします。1つずつ見ていきましょう。
1. 同時密度
標本空間は、xπ(1)<⋯<xπ(n) となる n! 個の領域に分かれます。どの領域も、並べ替えによって y1<⋯<yn に1対1で写り、ヤコビアンの絶対値は1です。n! 個の領域からの寄与はすべて同じなので、次の式が成り立ちます。
f(1,…,n)(y1,…,yn)=n!i=1∏nf(yi)(y1<⋯<yn)
2. k番目の密度を導く
準1級では、組分けの読み方で密度を覚えました。答案では、分布関数から導きます。{X(k)≤x} は「x 以下の値が k 個以上ある」という事象で、x 以下の個数は二項分布 B(n,F(x)) に従います。
P(X(k)≤x)=j=k∑n(jn)F(x)j{1−F(x)}n−j
これを x で微分します。aj=j(jn)Fj−1(1−F)n−j とおくと、(n−j)(jn)=(j+1)(j+1n) より、第 j 項の微分は (aj−aj+1)f です。和をとると隣どうしが打ち消し合い、akf だけが残ります(an+1=0)。
f(k)(x)=(k−1)!(n−k)!n!F(x)k−1{1−F(x)}n−kf(x)
ドミノ倒しのように、途中の項がすべて消えるのが、この計算のおもしろいところです。
さらに、U=F(X) は U(0,1) に従います(確率積分変換)。F は増加関数で順序を保つので、どんな連続分布でも F(X(k))∼Beta(k,n−k+1) です。
3. 2つの順序統計量の同時密度
j<k、x<y のとき、n 人を5組に分ける形で次の式が得られます。
f(j,k)(x,y)=(j−1)!(k−j−1)!(n−k)!n!F(x)j−1{F(y)−F(x)}k−j−1{1−F(y)}n−kf(x)f(y)
5組とは、x より下、ちょうど x、x と y の間、ちょうど y、y より上です。
例題:範囲の分布を導く
U(0,1) からの大きさ n の標本の範囲 R=X(n)−X(1) について、(1) 密度を導け。(2) n=4 のとき P(R>0.5) を求めよ。
【答案】
- j=1、k=n とすると、(X(1),X(n)) の同時密度は n(n−1)(y−x)n−2(0<x<y<1)である
- r=y−x、s=x と変換する。ヤコビアンは1で、範囲は 0<s<1−r である
- s を積分して、fR(r)=∫01−rn(n−1)rn−2ds=n(n−1)rn−2(1−r)(0<r<1)を得る。これは Beta(n−1,2) である
- n=4 なら fR(r)=12r2(1−r) である。P(R>0.5)=∫0.51(12r2−12r3)dr=[4r3−3r4]0.51=1−0.3125=0.6875 となる
答えは n(n−1)rn−2(1−r) と0.6875です。ここでも補助変数 s が活躍しました。
4. 指数分布の間隔
指数分布では、順序統計量の間隔にきれいな性質があります。率 λ の指数分布の標本で、X(0)=0 として次の量を考えます。
Di=(n−i+1)(X(i)−X(i−1))(i=1,…,n)
すると、D1,…,Dn は独立に率 λ の指数分布に従います。証明は次の3行です。
【証明】
- (X(1),…,X(n)) の同時密度は n!λne−λ∑ix(i) である
- ∑ix(i)=∑i(n−i+1)(x(i)−x(i−1))=∑idi である
- x↦d の変換は三角行列で、対角成分の積は n! である。よって D の同時密度は λne−λ∑idi となる
これは指数分布の無記憶性を式にしたものです。1個が壊れた瞬間、残りの部品は新品に戻ったのと同じです。
例えば、平均12か月で壊れる部品を4個同時に使い始めたとしましょう。X(i)=∑l≤iDl/(n−l+1) なので、最後の1個が壊れるまでの期待値は 12×(1/4+1/3+1/2+1)=25 か月です。最初の1個は 12÷4=3 か月で壊れます。
試験のポイント:順序統計量の問題は、「分布関数から攻める」「組分けで書く」「指数分布なら間隔に分ける」の3つの型で解けます。
以上が、順序統計量の分布についての解説です。
細かい証明を忘れてしまっても問題ありません。ここでは、「十分性とは母数が約分で消えること」「順序統計量は分布関数から導くこと」という点だけ押さえておきましょう。
今回のまとめ
それでは、今回の内容を振り返ります。
今回は、十分統計量の立証、ネイマンの分解定理の証明、順序統計量の分布の導出を紹介しました。段ボールに入れた荷物だけで足りると言い切れるのは、条件つき分布から母数が消えるからです。分解定理は、その計算を一般化したものでした。
今回のポイントを振り返りましょう。
振り返り
- 十分性の立証は、条件つき分布から母数が消えるかを見る。否定するなら、依存する点を1つ見つければよい。
- ネイマンの分解定理の証明の核心は、T=t の範囲で g が定数になり、約分されること。
- 指数型分布族では ∑itj(Xi) が十分統計量。母数の数と十分統計量の次元は一致するとは限らない。
- 順序統計量の分布関数は二項分布の和で書け、微分すると途中の項が消えて密度が出る。
- 指数分布の順序統計量の間隔は、重みをつけると独立な指数分布になる。
キーワードのおさらい
- 十分統計量: 与えたときの標本の条件つき分布が母数によらない統計量
- ネイマンの分解定理: f=g(T;θ)h(x) と分解できることが十分性の必要十分条件だという定理
- 指数型分布族: 密度が h(x)c(θ)exp{∑jηj(θ)tj(x)} の形をした分布の族
- 最小十分統計量: 任意の十分統計量の関数として書ける十分統計量
- 順序統計量: 標本を小さい順に並べ替えた X(1),…,X(n)
- 確率積分変換: F(X) が U(0,1) に従うという性質
さて、情報を失わない要約が分かりました。では、その要約から母数の値をどう決めればよいのでしょうか?
次回は、尤度関数からスコア関数を導き、最尤推定を答案として書き切る方法を紹介します。
それでは、次の記事へ進んでいきましょう。