はじめに
標本が大きくなると、最尤推定量は正規分布に近づく
「標本が大きくなると、最尤推定量はどんな分布に従うの?」
前回の記事で、不偏推定量の分散にはクラーメル・ラオの下限があることを学びました。でも、小さな標本では、下限に届かない推定量もありました。しかも、最尤推定量の多くは、正確な分布が分かりません。ロジスティック回帰の係数の信頼区間を、どうやって作ればよいのでしょうか?
実は、標本が大きければ、この問題はきれいに解決します。ふつうの条件のもとで、最尤推定量は正規分布に近づき、その分散はクラーメル・ラオの下限に届くのです。統計ソフトが出力する標準誤差の多くは、この事実を使っています。
そこで登場するのが、今回の主役 フィッシャー情報量 と 最尤推定量の漸近正規性 です。
今回の記事では、この2つに加えて、分布のズレを測る カルバック・ライブラー情報量 と、計算で偏りと標準誤差を求める ジャックナイフ法 について解説します。
フィッシャー情報量:対数尤度の尖り具合
山が尖るほど、データは母数の情報を多くもつ
はじめに、フィッシャー情報量の意味について解説します。
対数尤度のグラフを、山だと考えてください。山頂の位置が最尤推定値です。山頂が鋭く尖っていれば、頂上の場所ははっきり分かります。なだらかな丘なら、どこが頂上かよく分かりません。つまり、山の尖り具合が、データが母数について教えてくれる情報の量です。
これを式にします。1個の観測の対数密度を θ で微分した量を スコア と呼びます。
s(X;θ)=∂θ∂logf(X;θ)
スコアの期待値は0です。∫fdx=1 の両辺を θ で微分すれば、∫(∂f/∂θ)dx=E[s]=0 となるからです。もう一度微分すると、次の2つの表現が等しいことも分かります。
I(θ)=E[s(X;θ)2]=−E[∂θ2∂2logf(X;θ)]
これが フィッシャー情報量 です。1つ目の式はスコアの分散で、2つ目の式は山の曲がり具合の平均です。計算では、2階微分を使う2つ目の式が楽なことが多いです。
独立な n 個の観測では、情報量は足し算になり、全体で nI(θ) です。データが2倍になれば情報も2倍、ということです。
1つずつ計算してみましょう。ベルヌーイ分布では logf=xlogp+(1−x)log(1−p) なので、次のようになります。
−∂p2∂2logf=p2x+(1−p)21−x,I(p)=p1+1−p1=p(1−p)1
主な分布の結果をまとめると、次の表になります。
| 分布 | 母数 | I(θ) |
|---|
| ベルヌーイ分布 | p | 1/{p(1−p)} |
| ポアソン分布 | λ | 1/λ |
| 正規分布(σ2 既知) | μ | 1/σ2 |
| 指数分布(平均 θ) | θ | 1/θ2 |
正規分布の行を見てください。ばらつきが小さいほど、1個の観測の情報は多いのです。的確な証言者の1人の証言は重い、というイメージです。
母数が複数あるときは、Ijk(θ)=−E[∂2logf/∂θj∂θk] を成分とする フィッシャー情報行列 を使います。例えば、N(μ,σ2) の (μ,σ2) についての情報行列は、対角成分が 1/σ2 と 1/(2σ4) の対角行列です。逆行列を n で割ると、μ の下限 σ2/n と σ2 の下限 2σ4/n が読み取れます。
例題:指数分布のフィッシャー情報量
密度 f(x;λ)=λe−λx(x>0)について、λ のフィッシャー情報量を求めましょう。
【解き方】
- 対数をとる: logf=logλ−λx
- 2回微分する: ∂2logf/∂λ2=−1/λ2
- 符号を変えて期待値をとる: I(λ)=1/λ2
答えは 1/λ2 です。2階微分に x が残らないので、期待値の計算すら要りません。
補足(ここは読み飛ばしてOK):
統計量 T のもつ情報量は、もとのデータの情報量以下で、等号が成り立つのは T が十分統計量のときです。十分統計量が「情報を失わない」という言葉は、ここで文字どおりの意味になります。
以上が、フィッシャー情報量についての解説です。
最尤推定量の漸近正規性:標本が大きければ正規分布
ソフトの標準誤差は、最尤推定量の漸近正規性から出る
次に、この記事の中心である定理について説明します。
適当な正則条件のもとで、最尤推定量 θ^n は次の性質をもちます。これが 最尤推定量の漸近正規性 です。
n(θ^n−θ) d N(0, I(θ)1)
d は分布収束です。言葉で言うと、n が大きいとき、θ^n は近似的に平均 θ、分散 1/{nI(θ)} の正規分布に従う、ということです。この分散は、クラーメル・ラオの下限と同じです。最尤推定量は、標本が大きければ下限に届く 漸近有効 な推定量なのです。
導出の要点を見ましょう。対数尤度を ℓ とします。山頂では ℓ′(θ^)=0 なので、これを真の θ のまわりでテイラー展開します。
0=ℓ′(θ^)≈ℓ′(θ)+(θ^−θ)ℓ′′(θ)
整理すると、次の形になります。
n(θ^−θ)≈−ℓ′′(θ)/nℓ′(θ)/n
【分子と分母の動き】
- 分子: ℓ′(θ) は独立なスコアの和なので、中心極限定理より N(0,I(θ)) に分布収束する
- 分母: 大数の法則より I(θ) に確率収束する
- スルツキーの補題より、全体は N(0,I(θ)/I(θ)2)=N(0,1/I(θ)) に分布収束する
極限定理の記事で学んだ道具が、ここで勢ぞろいしました。
実際に使うときは、未知の I(θ) に I(θ^) を代入して、標準誤差を 1/nI(θ^) とします。味見の回数を4倍にすると、味の見積もりの誤差が半分になるイメージです。
例題:ポアソン分布の近似信頼区間
ポアソン分布から n=100 の標本をとると、xˉ=4 でした。λ の最尤推定値、標準誤差、近似95%信頼区間を求めましょう。
【解き方】
- 最尤推定値は λ^=xˉ=4
- I(λ)=1/λ なので、分散は λ/n。標準誤差は 4/100=0.2
- 区間は 4±1.96×0.2 で、3.61から4.39
答えは推定値4、標準誤差0.2、区間 [3.61, 4.39] です。
母数の関数 g(θ) を推定したいときは、デルタ法と組み合わせます。不変性から g(θ^) が最尤推定量なので、次の近似が使えます。
n{g(θ^)−g(θ)} d N(0, I(θ)g′(θ)2)
せっかくなので、別の例も見てみましょう。100人中30人が賛成のとき、p^=0.3 で、対数オッズ g(p)=log{p/(1−p)} の推定値は約 −0.847 です。g′(p)=1/{p(1−p)} なので、分散は 1/{np(1−p)}=1/21≈0.0476 で、標準誤差は約0.218です。この計算は、ロジスティック回帰の標準誤差の基本です。
ただし、正則条件を満たさない例もあります。代表は U(0,θ) です。分布の範囲が θ で決まるので、尤度が微分できません。実際、θ^=X(n) について、n(θ−X(n)) は平均 θ の指数分布に分布収束します。正規分布ではなく、収束の速さも 1/n より速い 1/n です。
試験のポイント:最尤推定量の漸近分散は 1/{nI(θ)} です。I(θ) が1個分か n 個分かを確かめましょう。範囲が母数で決まる分布には使えません。
以上が、最尤推定量の漸近正規性についての説明です。
カルバック・ライブラー情報量:分布のズレを測る
KL情報量は分布のズレを測るが、向きで値が変わる
続いて、2つの分布の違いを測る量について解説します。
天気予報の例で考えましょう。雨の確率を30%と言い続ける予報士がいて、本当は50%で降るとします。この予報士の言葉を信じると、どのくらい損をするでしょうか? これを測るのが、カルバック・ライブラー情報量(KL情報量)です。真の分布を g、モデルの分布を f として、次のように定めます。
D(g∥f)=Eg[logf(X)g(X)]=∫g(x)logf(x)g(x)dx
離散型なら積分を和に変えます。言葉で言うと、「g から出たデータを見たときの、対数尤度の差の平均」です。
【KL情報量の性質】
- 非負: D(g∥f)≥0 で、等号は f=g のときだけ(イェンセンの不等式から)
- 非対称: ふつう D(g∥f)=D(f∥g)
- 三角不等式を満たさない
2つ目のために、KL情報量は距離ではありません。行きは下り坂で、帰りは上り坂の道のようなものです。
数値で確かめましょう。雨の例で、g は確率0.5、f は確率0.3のベルヌーイ分布とします。
D(g∥f)=0.5log0.30.5+0.5log0.70.5≈0.0872
逆向きの D(f∥g) を計算すると、約0.0823です。確かに値が違います。
別の例として、分散の等しい2つの正規分布 N(μ1,σ2) と N(μ2,σ2) では、D=(μ1−μ2)2/(2σ2) です。例えば、平均の差が1、σ=2 なら、1÷8=0.125 です。この場合は対称になります。
ここがポイントです。KL情報量は、最尤法と深い関係があります。D(g∥fθ)=Eg[logg]−Eg[logfθ] の第1項は θ によらないので、D を最小にするのは Eg[logfθ] を最大にするのと同じです。大数の法則より、次の近似が成り立ちます。
n1i=1∑nlogf(Xi;θ)≈Eg[logf(X;θ)]
左辺は対数尤度の 1/n です。つまり、最尤法は「真の分布とのKL情報量が最小のモデルを選ぶ方法」なのです。モデルが間違っていても、最尤推定量はモデルの中で真の分布に最も近い点に向かいます。この考え方が、のちの記事で学ぶAICの土台になります。
さらに、フィッシャー情報量とのつながりもあります。θ と θ+h が近いとき、次の近似が成り立ちます。
D(fθ∥fθ+h)≈2h2I(θ)
例えば、p=0.5(I=4)と p=0.55 のベルヌーイ分布では、右辺は 0.052×4÷2=0.005 で、正確な値は約0.00503です。情報量が大きいほど、母数の小さな差が、分布の大きな違いになって表れます。
以上が、カルバック・ライブラー情報量についての解説です。
ジャックナイフ法:1個ずつ抜いて確かめる
1人ずつ抜いて再計算すると、偏りが見積もれる
最後に、計算で偏りと標準誤差を見積もる方法を見ていきましょう。
複雑な推定量では、バイアスや分散の式が分からないことがあります。そこで使うのが、ジャックナイフ法 です。データを1個ずつ抜いて推定し直し、結果の変化を見る方法です。
部活のチームで、1人ずつ順番に抜いて試合をしてみる場面を思い浮かべてください。誰が抜けても成績が変わらないなら、チームは安定しています。誰かが抜けると大きく変わるなら、不安定だと分かります。同じことを推定量で行うのです。
i 番目を除いた n−1 個から計算した推定値を θ^(i)、その平均を θˉ(⋅) とします。次の3つの量を計算します。
Bias=(n−1)(θˉ(⋅)−θ^),θ^J=nθ^−(n−1)θˉ(⋅)
SE=nn−1i=1∑n(θ^(i)−θˉ(⋅))2
θ^J はバイアスを引いた推定量です。なぜ偏りが減るのでしょうか? 多くの推定量のバイアスは、E[θ^]=θ+a/n+b/n2+⋯ の形です。n−1 個の推定量なら、a/(n−1) です。n 倍と n−1 倍で引き算すると、a の項が消えます。残るバイアスは 1/n2 の大きさです。
例題:標本分散の偏りを補正する
データ 2, 4, 6, 8 について、θ^=n1∑i(xi−xˉ)2 のジャックナイフ推定値を求めましょう。
【解き方】
- 全体で計算する: xˉ=5 で、θ^=(9+1+1+9)÷4=5
- 1個ずつ抜く: 2を抜くと {4,6,8} で8/3、4を抜くと {2,6,8} で56/9。対称性から、θ^(i) は順に 8/3, 56/9, 56/9, 8/3
- 平均する: θˉ(⋅)=40/9≈4.44
- 補正する: θ^J=4×5−3×40/9=20/3≈6.67
答えは約6.67です。これは不偏分散 S2=20/3 に一致します。分母が n の推定量の偏りは、ジャックナイフ法でちょうど取り除かれます。
なお、推定量が Xˉ のとき、上の標準誤差の式は S/n に一致します。式を知らなくても、よく知った答えが出てくるのです。
ただし、弱点もあります。中央値のように、データの小さな変化で滑らかに動かない推定量では、ジャックナイフ法の標準誤差は当てになりません。その場合は、のちの記事で学ぶブートストラップ法を使います。
以上が、ジャックナイフ法についての解説です。
細かい導出を忘れてしまっても問題ありません。ここでは、「情報量は対数尤度の尖り具合で、最尤推定量の分散は n と情報量の積の逆数になる」という点だけ押さえておきましょう。
今回のまとめ
尖りから正規分布へ。ズレはKLで、偏りは1個ずつ抜いて測る
それでは、今回の内容を振り返ります。
今回は、標本が大きいときの推定量の性質について紹介しました。最尤推定量は、標本が大きければ正規分布に近づき、分散の限界にも届きます。統計ソフトの標準誤差が当たり前のように出てくる背景には、この定理があります。
今回のポイントを振り返りましょう。
振り返り
- フィッシャー情報量は対数尤度の山の尖り具合で、スコアの分散に等しい。n 個なら n 倍になる。
- 最尤推定量は近似的に N(θ,1/{nI(θ)}) に従い、漸近有効である。関数にはデルタ法を使う。
- 範囲が母数で決まる分布は正則条件を満たさず、この結果は使えない。
- KL情報量は分布のズレを測る量で、最尤法はこれを小さくするモデルを選んでいる。距離ではなく非対称。
- ジャックナイフ法は1個ずつ抜いて、バイアスと標準誤差を計算で見積もる。
キーワードのおさらい
- フィッシャー情報量: スコアの分散。データが母数についてもつ情報の量
- 最尤推定量の漸近正規性: n(θ^−θ) が N(0,1/I(θ)) に分布収束する性質
- カルバック・ライブラー情報量: Eg[log(g/f)] で定める、分布 g から見た f のズレ
- ジャックナイフ法: データを1個ずつ除いて再計算し、バイアスと標準誤差を見積もる方法
さて、ここまでは「母数はいくつか」という1つの値を求める話でした。でも、推定値には必ず誤差があります。誤差まで含めて、「母数はこの範囲にある」と言うにはどうすればよいでしょうか?
次回は、一般の分布にも使える信頼区間の作り方である「区間推定」について紹介します。
それでは、次の記事へ進んでいきましょう。